第26話 面倒な美人

 栗山さんに話しかける福島。対して栗山さんは相手にしていない。

 福島の周りには女子たちが群がっているせいで、他の男子に嫉妬の目を向けられる。


 俺はその中に少し入りこみ、福島に煩わしそうな視線を向けていた栗山さんに声をかけた。


「…栗山さん、ちょっと話さない?」


 福島からは「なんだこいつふざけんなよ?俺の女に気安く話しかけんなゴミが」という様な露骨すぎる敵対意識の塊みたいな視線を向けられた。


 一方で周りの女子からしたら、今の栗山さんは邪魔でしか無いので排除してくれそうな俺に期待の目を向けてきた。


 栗山さんは煩わしそうな表情のまま…ではなく、無表情に。

 そのまま俺に視線を向けてきた。


「…いいよ。すこし暑いし外で話そう」


 透き通る様な、ただ耳に残る綺麗なハスキーボイス。

 話してる姿を見たことは何度もあったけど…こうして直接その声、言葉を向けられたのは初めてだった。

 やはり初めて話すタイプだな。


 福島は何か言おうとしたが、その前に周囲の女子たちに雪崩込まれた。


 その中に居た蜜里さんが、さり気なくパチッと俺にウインクした。


 気の所為じゃなければその時、栗山さんは蜜里さんを睨みつけていた……様な気がする。


 ともかく、俺は栗山さんと店の外に出てベンチに座った。


「初めてだよね、こうして話すの」

「…そうだね。私は少し、君の事気になってたけど…間宮君」

「同感だけど、タイミングが無かったんだよ」

「それは…福島のせいだね。ごめん、間宮君」

「別に栗山が謝ることじゃないよ。それと、真でいいよ」

「…なら、私のことも夜空で良いよ」


 ファーストコンタクトは完璧、互いに話してみたいと思っていたようだからこれで良し。


「じゃあ、夜空に一つ質問」

「…どうぞ」

「彼氏とか、居る?」

「むしろ、居ると思う?」

「居ないと思うから聞いてみた」

「なら、正解。居ないよ」

「あ、でも福島は?」

「…どうだろ。私、彼の事好きじゃないから」

「それはどうして?幼馴染なんでしょ?」

「幼馴染だから、かな」

「…色々な面を知ってるから…とか?」

「浮気性で、たらし」


 夜空の酷評に対して、思わす言ってる本人と顔を見合わせて少し笑い合う。

 成程、どうやら本格的に福島の事が好きじゃないらしい。

 少なくとも幼馴染と言われてる割には、頑なに名字呼びしてるところとか。


「…成程、やっぱり一途な方が好き?」

「普通、そうじゃない?」


 夜空の言葉に対して、俺は思わず店の中に目を向けた。


 女子たちに囲まれてワチャワチャしてる福島と、嫉妬の目を向ける男子達

 たぶん、彼女を福島にとられた奴も居るだろうに。

 浮気性でも軽い性格でも雰囲気イケメンでもモテる奴はモテる。


「…普通じゃないかも」


 呟く夜空に俺は首を振った。


「流石にあれは例外だと思うよ」

「ならそうかな…。あれと居ると、彼氏とかできないよ。中学の時とか、福島の目につかない所で虐められたし」

「そう言う意味でも好きじゃないんだね」

「…今の調子でいくと、高校でも友達はできないね。一人のほうが楽ではあるけど」


 成程、主人公君に惚れられるのも大変なんだな。

 彼女の事情は何となくわかった。きっとこれからも福島の主人公力に四苦八苦しながら生活していくことになるんだろうな。


 闇を抱えてる、とまで言って良いのかはわからないが、少なくとも…俺なら夜空の望んでることは叶えられる気がする。


「夜空。君が良ければだけど、俺と友達になるのはどうだ?」

「……嬉しいけど、私と居ると面倒だよ」

「だろうな、俺もそう思う」


 正直に答えると怪訝な目を向けられた。


「…じゃあなんでよ?」

「夜空がそうして欲しそうだったからだな。生憎とそういうのには敏感なんで」


 店の中に目を向けて「どこかの誰かさんとは違ってな…」と付け足すと、彼女はクスッと頬を緩める。

 …店の中にはその表情だけで報われる恋があるのに、よりによってここで見せるんだな。


「私…分かりやすい?」

「いや、かなり分かり辛い。傍から見てたら一人で居たいんだろうなって思う。ちゃんと話してみないと気付けないな」

「…私といると福島にうんざりするよ」

「なら、それ以上に『君と話していたい』って思わせてくれれば良い」

「……美人は三日で飽きるって言うし」

「恋は盲目とも言う…アイツみたいに。それに、顔がいいのを自覚してるだけマシだ」


 因みに凛月とかとかはそれを自覚してない節がある。なのに何でアイドルやってられるんだろうね。

 まあ、そのうち自分の影響力に自覚を持ってきたら完璧美少女完成するだろうけど。


 まだ不満そうな夜空に、俺は仕方なく彼女が求めてる言葉を使った。


「ん…なら、君に興味があるから友達になりたい…じゃ、ダメか?」

「……そこまで言うなら、連絡先交換する?」

「よし、やっと折れたな」


 夜空のポケットからスッと取り出されたスマホの画面はとっくに準備ができていた。


「…私って面倒くさい女だと思わない?」

「君の周りはもっと面倒くさいから大丈夫」

「フォローなってないし」


 確かに面倒くさい女の子かも知れないけど、やっぱり俺の周りには居なかったから新鮮。


 よろしく、と一言打つと、可愛らしい猫のスタンプが返ってきた。


「……因みに、真ってラインの友達何人居るの…?」

「君のでクラスメイトは全員かな。ほぼ個人的に交換した。あと中学の時同級生は全員と、身近の人と公式アカウントで大体150」

「…三桁も居るんだ」

「大丈夫、俺の中学の時代知り合いに在校生全員の連絡先持ってるやつ居たから」


 因みにそいつ鷹崎凛月って言うんだけどね、一年でトップアイドルに登り詰めたグループのセンターやってる奴。


「…コミュ力は才能…」

「それは、俺もそう思う。まあ夜空の場合コミュ力じゃなくて環境の問題だろうけど。あ…そうだ、兄妹とか居るのか?」

「一応、妹が一人と姉が一人」


 流石福島のメインヒロイン。姉と妹、どっちの属性も持ち合わせてるんだな。


「けど二人も、両親も福島のこと気に入っちゃってるから。姉妹は福島の事が好きだから、それに応じて私のこと嫌いだし」

「…流石主人公…」

「…主人公?」 


 頭に疑問符を浮かべた夜空。どうやらあまり福島の周囲にも興味はないらしい。


「あれ、知らないのか?福島ってクラスの男子共から『ラノベ主人公』とか『ハーレム主人公』とか『無自覚無双系主人公』とか言われてるの」

「…主人公は外せないんだ」

「モテまくって嫉妬されてる反面、なんだかんだいい奴だし面白い奴ってのも周知されてるからな。まあ…皆に気に入られるのは分かる」


 何よりも見てて飽きないし。


「ただ今日は、そのせいで君が甚大な被害を受けてる事も知った」


 自分を客観視できてるせいで、外見や能力はともかく内面的な自己肯定はゼロに近い、交友関係も狭い。

 単純な話、彼女は福島よりも自分自身が嫌い。


 居るだけで男よけにも女よけにもなり、自分に好意を寄せてくる絶対的な幼馴染として福島大翔が居る、自分自身が。


 彼女自身は元々、近寄り難い程の美人。それでいてクールな性格をしている様に見える。

 福島のせいでかなり拗れている為、身近な人間関係は苦手意識をもっている福島本人以外の、ほぼ全員に敵視されてる状況。


 そりゃ、友達も彼氏もできないよな。

 誰も寄り付かない。

 近づいて来るのは福島といじめ目的の女子だけ。


 それが10何年続いてるわけだから、福島のことは嫌いになるだろうし少し面倒な性格にもなる。


「何かあったら頼ってくれて良い。微力だけど助けになれるかも知れない。勿論それ以外でも、デートとか誘ってくれて良いけどな」

「…分かった。なら、ゴールデンウィーク中に一回くらい誘ってみるよ」

「ああ、そうしてくれ」


 軽く手を振って店の中に戻る。


 チラッと後ろを見ると、まだ夜空は店の外。


 一見クールに空を見ている。

 でも一瞬、豊満な胸に押し付けるようにスマホを抱いて嬉しそうな笑顔を浮かべた。


 …話しかけた甲斐はあったな。


「…その顔、福島に見せてやれよ」

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