第21話 らしくある事
楠木さんの提案で…移動して、公園のベンチに座った。
途中で買ったお茶を膝に置いて…楠木さんは落ち着いた表情で話し始めた。
「…私ね、小さい頃から夢だったんだ、アイドルって」
「なら叶った…って言うべきなのかな?」
「…理想とは違ったけど、ね」
「理想って?」
「…何て言えば良いのかな。キラキラしてて、皆が憧れて…誰もが称賛するような…アイドルかな…?」
馬鹿みたいだよね、と言って笑う彼女に俺も同意する様に頷いた。
「…成程、確かに…理想かも」
「うん…本当に、理想だけの話…だと思ってたんだけど…ね。成長するにつれて、芸能界がどんな場所なのかもわかってきたし、それが余計にただの、純粋な子供の理想でしか無いんだって、思い知らされてきた。………それなのに…さ」
言いながら、楠木さんは夕暮れ空を見上げた。
理想。確かに…ただの理想だろうな。
でも…
「凛月はまさにそうだな」
「そう…だけど、それならまだ良かった。私もこの人みたいになれるかも知れないって…。希望に近かったの、最初は…。あのままだったらきっとそう思えた」
「…そうは思えなかったの?」
「…ウチの事務所ってさ、私のお父さんが代表してるんだ。お母さんとお父さんは離婚してるし、お母さんは私のアイドル願望に反対してた。まあ…事務所の代表は…私も、オーディション前日に気付いたんだけどね…」
「お父さん…?」
突然何の話だ…?
一瞬意味が分からなかったが、ふと二年前の出来事が頭をよぎった。
あ、待てよ?代表…。代表って確か…凛月のスカウトに来た人…。
「凛月をスカウトしたのは、君のお父さん…?」
「……うん。私がオーディションを受けるって知ってて、凛月を連れて来たんだ…」
「…けど、君も受かったよね」
「受かったよ!でも…落ちた子達は…私が代表の娘だから入ったって…!」
楠木さんは感情的にそう言い放った。
コネクションや裏口。
そう言われても、楠木さんは否定しきれなかったのだろう。
代表である父は自身がオーディションを受けると知っていた。
一方で楠木さんは、そこが母と離婚した父の事務所だとは思いもしてなかった。
父に一方的に知られている状態では、裏口の否定は出来なかった。
その状況と、凛月の存在。
「……お父さんは、月宮ルカこそ…本物だって。ありのままの姿で人々を魅了するカリスマ性…絶対的なスターだ…って」
先天的な、天性の美しさ。
彼女の父が求めていた物は確かに、ありのままの美しさだった。
それは、外見的にも…内面的にもあるが、カリスマ性やセンスという部分。
それに加えて、凛月はあらゆる面で卓越した才能を持っている。
鷹崎凛月と言う存在は、正に楠木さんの理想のアイドルであり、月宮ルカと言う存在は、正に楠木さんの父が求めた理想だった。
正に、理想だった…と。
「私はステージに立ってる時、ずっと…無理矢理に笑ってた…ただ、南条サラを演じてた…!凛月の隣でだよ!?こんなの……惨め過ぎるよね…」
「凄いと思うけどな、俺は」
「…えっ…?」
俺だったらそんな状態、そんな状況に耐え続けるとか絶対に無理。間違いなく逃げ出す。
楠木さんは、それでも今までその気持ちを抑えて居たのだ。
俺には絶対真似出来ないと思う。
けど彼女の感情がそのままなら…「理想のアイドルを目指したい」と思って居るのならば。
いっその事、振り切ってしまえば良い。
「…楠木さん、アイドルの語源って知ってるか?」
「…語源…?知らない…けど」
「“偶像”だ。つまりそこには本当の、本物のその人は居ない。誰かの想像とかそれこそ、理想を形にしただけの物ってこと」
「…偶像」
いつだったかな。それこそ凛月がスカウトされてた時か。アイドルを花に例えた湊さんのそれはある意味正解かもしれない。
「凛月は“自分らしく居ようとしてる”訳じゃない。ただ、本当に…ありのまま、自然な自分でいるだけに過ぎない訳だ。なら君はその逆…とか。全力で意識して、全力でアイドルらしく、アイドルを演じれば良いんじゃないか?」
「アイドルを…演じる…」
「月宮ルカがありのまま、あるがままの凛月なら、南条サラは楠木南によって造られた、理想のアイドルだ。君のお父さんを見返してやれよ?これが本当の“アイドル”だ…って」
凛月がありのまま美しい花であれば、楠木さんはまさに造花だろう。
人に見られている時、彼女に価値が生まれるのはその間だけになる。
「何もかも嘘で塗り固められた、ただ理想的なだけの存在に、君がなれば良い」
「……でも…私はそんな事を続けられるほど…強くないよ…」
「アイドルじゃない、自分らしく居たい。そう思った時は俺の所に来ればいいよ」
俺の言葉に、楠木さんは目を見開いた。
「だって、君の本質を知ってるのは俺だけなんだろ?」
「…間宮君……」
「なら、俺は君の事ちゃんと見てやるよ」
言ってしまえば彼女は誰かに求められたかったのだろう。
アイドルとして、南条サラとしても。
一人の女の子、楠木南としても。
ただ、それを自分でも分かっていなかった。
真冬が見た、凛月を妬む楠木さんは決して見間違いや勘違いでは無い。
自分では無い少女が父親に認められた事への嫉妬。
彼女の言う「恵まれた人」とは、自分を分かってくれる人が側に居る環境だったのだろうな。
母にはアイドルを反対され、父は別に理想的な少女を見つけてしまった。
それなら…せめて、俺は彼女の理解者でありたい。
勿論、楠木さんがそれを望むなら、だけど。
◆◆◆
夕日が地平線の向こうへと隠れつつある空の下、俺は楠木さんと手を繋いで彼女の家の前まで歩いていた。
「…その、間宮君」
「ん?」
「ありがとう…。あのままだったら…凛月に何をしてたか分からないから…」
「矛を納めてくれたみたいでなにより」
「それで……その…」
彼女は俺の手を握り直すと、モジモジと頬を赤らめた。
「…真君の言ってた様に…やってみるね。アイドルらしく、アイドルを演じる。でも…その…真君は“本当”私の事を見てね」
フッと笑みを浮かべながら…俺の下の名前を呼んだ。
色々と生意気な事を言ってしまったし、何となく距離感を間違えた気はする。
何だかんだ言ってしまったが、俺と彼女は今日が初対面だ。
まあ、今更後引くつもりは無いけど。
「分かった。ならちゃんと、
俺も名前を読んであげると、さらに耳まで赤くなった。
「…っ…………約束だからね!」
そう言って、投げやりに家に入るとバタンとドアを閉めた。
やり返される想定くらいしとけばいいのに。
まあ、可愛らしい一面が見れた…と言う事にしておこうか。
「………疲れたな…」
思わず漏れたそんな言葉は、誰に聞かれるでもなく風に吹かれて行った。
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