第20話 愛憎

「おい凛月、手加減してやれよ」

「ええーそれじゃつまんないよ!」

「面白いの前に疲れるんだけど…」

「……3対1で惨敗って…」


 凛月と美月がバスケ部だった…と言う話から、アミューズメント施設のコートを借り、早速始まってすぐに分かった。


 一人だけ実力が突出していると。


 そんな訳で俺と楠木さん、美月と真冬のタッグで凛月に挑んだが…普通に負けたので次に始まったのが、まさかの1on3。

 結果は凛月の圧勝。


 これは酷い。うーん、流石に女の子に負けっぱなしは不味い気がする。

 というか、凛月は体力有り過ぎだしそもそもセンスが抜群だからな。


「中学の頃は普通に勝てたんだけどな…」

「えっ、そうなの?」

「身体能力はともかく技術とかは真の方が上手かったからね」

「過去形だけどな。ちょっとぐらいは本気でやってみるかな」

「…大丈夫?」

「多分、大丈夫」

「私、加減しないよ…?」

「いいよ、ほら来い」


 女の子に1on1負けっぱなしは良くないよな。



 ◆◆◆



「いやぁー…白熱したね!」

「……疲れた…」

「楠木さん、かなり動けるんだね」

「これでもアイドルだからね。体力はあるつもりだよ」

「そりゃそうか」


 それはそうと美月は大丈夫か?

 さっきから「……疲れた…」しか言わないんだけど。


「…偶には汗かくのも良いな」

「アタシ達はしょっちゅうなんだけどね…」

「あー…確かに…」


 よく考えると、このアイドル達と同じ位に動いたんだ、美月はかなり頑張ったんだよな。

 後でしっかり労ってやるか。


 俺はまあ、スポーツテストの後だった事もあって大分、体を動かす勘は戻った気がする。


「んー…今日は解散かな?」

「そうね。現地解散…とは言っても駅までは一緒よね」

「移動しながらで良いんじゃないかな?」


 施設から出て、道中「楽しかったね〜」なんて話してる凛月。

 こいつもしかして周りの視線に気付いていないのか?


 帽子をかぶるの嫌だって言ってめちゃくちゃ目立ってるのに。


「凛月、あんまり大きい声出さないでよ」

「へ?なんで?」

「アンタ立場考えなさいよ。私達3人だけならともかく、美月と真も居るんだから…」

「…そっか、そうだよね。ごめん、注意不足だったかも」

「分かったなら良いわよ」


 おお、リーダーやってるね。

 ところでいつの間にか美月を呼び捨てにしてる真冬が居る事にびっくりしました。あの二人なら気が合いそうだし、仲が良いなら問題は無いだろう。


 それにしてもこいつらホント仲が良い。

 グループ内でのイジメがないだけよっぽど良いよね。

 イジメは無くとも嫉妬があるらしいけれど。


「そうだ、真は帰りどうするの?」

「俺?普通に真冬と……」


 あ、いや待った。

 これちょっと今日を逃すのは不味いよな、今後いつ予定合うかも分からないし。


「真冬と…って思ってたんだけど、個人的な用事で…楠木さん」

「えっ私?」


 目を丸くして自分のことを指差した。


「どうかな?ちょっと付き合って欲しいんだけど」

「…い、いいよ……?」

「じゃあ、そんな感じで。俺は楠木さんを送りながらゆっくり帰るよ」


 真冬は理解した様な表情で「いいんじゃない?」と頷いたが、鷹崎姉妹はどこか納得行ってない様子だった。

 わがままを言い出す前に美月が凛月を引っ張って行き、その場は解散になった。



 ◆◆◆



凛月達と別れ、真冬とは別の電車の中。


「あの…間宮君…」

「何だ?」

「何で私と二人が良かったのかな…って」


 楠木さんは早速、俺の用事…つまりは本題を切り出してきた。


「真冬から頼まれたんだよ。楠木さんと凛月が険悪ムードだ…って」

「険悪って…そんな事無いよ?」

「そう言う割には、結構な頻度で凛月をきつい眼で見てたよね」

「………」

「真冬は嫉妬だって言ってたけど、実際はどうなのかなって」


 隣に座る楠木さんは、静かに俯いている。

 楠木さんは何度か口を開閉させ…目的の駅に着く頃…。

 やっとの思いで彼女が絞り出した言葉は…

「…恵まれてる人には分からないよ」

だった。


「…そっか…じゃあ、俺には分からないかも」

「えっ…」

「ほら、降りるよ」


 立ち上がって楠木さんの手を取る。

 自分でも少し驚くくらい、あまりに自然な動作だった為か、楠木さんは特に反応を示さず俺の隣を歩いた。


 駅を出て楠木さんの帰宅ルートを聞いてから歩き始める。


「話を戻すけど。俺は恵まれた環境で生まれ育ったから、君の気持ちは分からないかも知れない。けど凛月との距離感で言えば、君達と変わりないと思ってる。だから話すだけでも、多少は楽になる事ってあると思う」

「……凛月とは…幼馴染み…だっけ…?」

「幼馴染み以上家族未満って所かな。不釣り合いなのは認めるよ」

「…そう言うつもりは無いよ…。寧ろ、間宮君みたいな幼馴染みが居るって知って………余計に羨ましいな…って思っちゃっけど…」

「羨ましい……?」

「別に、私だけだったらこんな気持ちにはならなかったよ」

「だけだったら……ね」

「…うん……」


 楠木さんは立ち止まって、俯いていた顔を上げる。綺麗な顔はうっすらと涙に濡れていた。


 彼女が今、何を思い、どんな理由で泣いているのか。俺には分からないし知りたいわけでも無い。

 本音のところ、出来るならば関わりたくない。


 湊さんが前に言っていたな。

「他人の家庭事情に関わると俺達みたいなお人好しはとことん苦労する。どっかの誰かに、そういう人種に育てられたんだよな」と。

 俺も湊さんを見て育ってるから…嫌だ嫌だ、面倒くさい…と思いながら困ってる人は助けようと手を差し出してしまう。


 ……少なくとも、彼女のこの表情は…今、俺に向けられているものだ。

 俺もちゃんと話を聞こうと、楠木さんの手を握った。


「…ぐすっ…ごめん……近くに公園があるから…そこで…話そう…?」

「分かった…」

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