第14話 引き際
「おーい、真」
「……何だよ…?」
もう少しで夏休み。
俺はと言うと、雨宮のメンタルケアと荒事の解決に励んでいた。
てかまあ、大体は済んだ。
あれからも英先輩には結構な頻度…多分2日に一回位は接触して色々と話を続けた。
それからしばらくして、雨宮が「あのさ…英先輩に謝られたんだけど…」と話してくれた。
簡単に説明すると…「悪かったから、あのサイコパスをけしかけるのは辞めてくれ」との事。
堂々と人の事をサイコ呼ばわりですか。
いじめやってたアンタには言われたくねえよ!
なんて内心思ったのだが、雨宮にはお礼を言われたので…まあ、帳消しで。
サイコパスでは決して無いのだが、確かにやり過ぎたかも知れない……なんて事は無い筈なんだよ。
そもそも俺はまだ、何もして無い。
あの人…ただ、被害妄想で俺に見つかると勝手に怯えてるだけ。
ちょっと話しかけてるだけなのに怖がられるのは流石に辛い物があった。
雨宮の従姉妹ってだけあって、英先輩も割と美人な方だからね。
色々と計画はあったんだけど、解決したのでまあ良しとしよう。
まあ、そんな話は置いておき雨宮はいつの間にか、クラスメイト達と仲良く話していた。
彼女の周りには特別な事をしなくても友人が寄って来る。
ほとんどの連中は虐められていた事すら知らずに、暗い少女だと思い込んでいた奴らなので、俺としては「何を今更」と言ってやりたい所ではある。
しかし雨宮が受け入れているのに俺が何か口を出すのはおかしな話だろう。
ここらで、俺はお役御免。
引き際としては丁度良いタイミングだろう。
そんな訳で安心して夏休みに入れる。
と思ったら大間違いだった。
「真、テストどうだった?」
「………」
そう…学期末テストだ。
テスト期間には部活が無かったので、その分の時間を雨宮の為に使っていた。
そのせいで授業以外では殆ど勉強をして無かった。
元々頭は悪く無いつもりだし、普段の授業自体は真面目に受けてた。
まあ、あんまり頭に入って無かったみたいなんだけどね…。
結果だけで言えば、ぎりぎり平均点と並んだ。
まあ悪くは無い。
普段ならほぼ満点だけどね、地頭は良い方なんで。
自主学習なんて俺の頭には入らないので、勉強自体は学校が殆どだった。
それ自体は変わらない。
問題は別の事に頭を悩ませていたと言う部分だろう。
テスト期間は普段と変わらなかった。
テストの最中は、前後に色々あったせいで全然テストの事を考えてなかったのだ。
もしかして、俺は天然なのかな。
テスト中にテストの事を考えてないとか、どこのバカだよ。
まあ……そんな訳で、俺の目の前には腹を抱えて笑っている川崎晶、神妙な面持ちの鷹崎美月の二人が居る。
「アハハッ…なっ…なにこれっ…解答欄ごちゃごちゃじゃん」
「うっせぇ…」
「…集中して無かったんだね…」
そうだよ!集中して無かったよ!だからそんな深刻な表情すんな!
俺の事であって、美月には影響無いから!
なんて、言える立場でも無いが。
「…それより、美月はどうだったんだよ…凛月に教えて貰ったんだろ?」
「ん、8割位は正解した」
「おっ…去年の夏より良くなってるな」
真面目にやればできるんだよ、真面目にさえなれば。
「うん」
「…晶は?」
「僕も同じ感じかな。あっ、鷹崎さんと同じ感じであって、君とは天と地の差があるからね?」
こいつうぜぇな今日。……けど否定はできない。
普段なら俺の方が上だ、精々十数点差で、だけど。うん…普段なら。
運動となったら晶にはギリギリで負ける自身があるから、こういう時に舐められるのは普通に危ない。
こいつ間違い無く、凛月の事好きだからな。
かなりの頻度で凛月の近くにいる俺の事を良く思って無い部分もあるだろう。
それはそうと友達やってるけど。
こういう時に付け入る隙を見せるのは良く無い…。
あ、いや?
別に良いんじゃないか?
晶と凛月がくっついても特に俺に不都合ないじゃん。
◆◆◆
七月末、終業式の帰り。
晶に誘われて馴染みの公園に向かった。
小さな子供達は遊具に群がり、それに付き合っている大人たちは少し離れた場所で見守っている。
俺達は、公園の中心に立つ大きな
「…なんかさ、今年早くない?」
「何が?」
「時間の流れって言うか…」
「いや、同じだろ」
「感覚的にだよ」
「同じだな。まあ…今年も半年以上過ぎたし、考える事は多いよな」
俺はやっと一区切り着いた感じがしてるけどね。
雨宮はいつの間にかクラスの中心で友人達に囲まれている。
「そう言えば…前にここで話したよね」
「ん…前に…何話したっけ…?」
「君はどっちの天使様が好きなのかなって話。あ、それとも今は…雨宮さんかな?」
「二人はともかく…雨宮は無いだろ」
「どうしてだい?仲良いのに」
「俺はちょっとだけ悩みを解決してやっただけで。仲が良い訳じゃ無いし…アッチに気が有ったとしても少ししたら自然と冷めるだろ」
「君も大概冷たいけどね」
思ってる事言ってるだけなんだけどな。
とまあ、そんなくだらない会話をしていた。
その時だった。
目の前で起こっている事態に気付いたのは。
小学生かそれより下くらいだろうか。小さい子供と、若そうな母親らしき女性が居た。
どうやら子供は飛んで行ったサッカーボールを取りに行った様で、向かう先は道路だった。
見かねた俺は代わりにサッカーボールを取ってやろうと思ってベンチを立った。
隣にいる晶も何をするか分かった様で、口出しはしなかった。
駆け足で少年に寄ろうとした時…叫び声が響いた。
「はやと!戻って!!」
どうやら「はやと」と言うらしい子供はボールの事しか頭にない様で、迫る驚異に気付いていない。
その様子に気付いた時、俺は走り出していた。
正義感とか人助けとか、そんな物を掲げる気は無い。
だがどうも、こういう場に直面すると考える前に動いてしまうらしい。
この後どうなるのか俺の頭には一つの答えがあった。
そして、その通りに事態は進んだ。
少年は道路に出てボールを取った。そこで初めて気が付いた様だ。
異常な速度で近付いてくる大型車両に…。
ギィィィィッ!!!
……その後、周囲には鈍い衝突音。
金属がぶつかり合い破損する音。
数分後にはサイレンが鳴り響いていた。
◆◆◆
コツン…と小さな衝撃が頭に走る。
伏せていた頭を上げると、大きな胸と黒縁眼鏡が印象的な美女が俺の側に立っていた。
「…授業終わったよ」
…授業…。
あれっ…?
俺さっきまで……何してたっけ…。
「何を寝ぼけてるの?」
少しずつ頭が覚醒していく。
徐々に現状を理解し始めて、俺は女性に向かって頭を下げた。
「…その…スミマセン、授業中に寝てしまって」
「謝るくらいなら最初からやらない事。…って言うのは先生としての説教ね。昨日、寝られなかった?」
「…はい…多分。眠りが浅かったかも知れないです。慣れない環境だったので…」
「そうだよね…今日は早めに帰って、ゆっくりしてて」
「分かりました。ありがとうございます、黒崎先生」
この人は
俺のクラス…赤柴高校一年二組の担任教師。
決して強い口調では無いが、淡々とした発言と外見的な印象が女子生徒から圧倒的な人気を持つ。
一方で男子生徒からもその抜群のスタイルと、偶に見える可愛らしい仕草から視線を総なめしてる。
つまりは大人気な先生って事。
そんな先生と同居してるなんてクラスメイトには言えないよなぁ…。
俺自身が黒崎先生と会ったのは中学生三年生の時だった。
放課後、先生に早く帰れと言われているのでさっさと校門から出て行く。
黒崎先生の家はこの学校から少し離れたマンションの一室。
高校に入ってから、俺は部活に入っていない。
普段から近くに居た鷹崎姉妹や晶とも別の高校だった。
「…ただいま…」
黒崎先生は一人暮らしなので、当然返事は帰って来ない。
借りている部屋に荷物を置いてベッドに転がり…スマホ点ける。
映っているのは歌い踊る…3人の少女。
そして…
彼女はいつの間にか、テレビやネット上で圧倒的な人気を誇るアイドルとなっていた。
トリオとしてのデビュー…以降一年と二ヶ月程度でここまでの人気。
ライブ配信で同接十万人…。
あれ、前より多いな。
テレビで紹介されてはいたけども…そんなに…?
まあ、幼馴染みが人気になってきて、俺もちょっと嬉しい。
俺は一度折れて歪んだ右腕と足のストレッチをしながら大人気アイドルグループ「クラリス」の配信を見守った。
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