第10話 晴天決行

「いじめ…ですか…?」

「うちの学校、ホームページに掲示場があるのは知ってるでしょ?生徒が書き込み出来るやつ」

「ありましたね…」

「それに、うちのクラスでいじめが…って言う趣旨の話があったらしくてね」

「注目されたいだけのデマじゃないですか?」

「そうかもね。でも…」

「…無視は出来ないって話ですか」


 榊先生はゆっくり頷いた。何故俺に話すのか。

 当然、探すのを手伝えと言う事だろう。


 事実関係がつかめない以上、実際どうなの?

 誰がやってるの…?


 と言う事を聞いた所で、自白する様な奴は居ない。

 匿名で書かれてる以上は書き込みからの特定も出来ない。


 …あー…面倒だよ、面倒過ぎる…。

 いじめなんて、時間の無駄だ。


 時間が有限だとか、そんな話では無く。

 どんな事象であれ…他人を落とす事は場合にもよるが基本的に間違いじゃないと思う。


 その場合、大体は自分を上に上げる為に…だろう。

 スポーツ競技が一番分かりやすく、それが出ている事だろう。

 だから間違いだとは思わない。

 だがいじめとなると、他人を落とす為に落とす訳で…それだとしたら何の意味があるんだ?


 この際いじめは良く無いけど、良いとしよう。

 一番の問題は、いじめの中に犯罪行為が混ざった場合。

 この問題のせいでいじめは社会問題にまで発展したのだが、果たして今回はどうだろう。


 良く言われる話では、いじめは「いじめる人間」と「いじめられる人間」だけで完結はして無い…と言う。

 その他に「観衆」と「傍観者」が存在しているとか。

 ある意味こっちの方が、いじめの加速の原因になる事が多いらしいが……今回は恐らく関係無い。


 何せ、いじめが起こってる事すら気付かなかった訳だから。

 これもそこそこ問題だけど。


 ともかく俺がやる事はいじめる側といじめられる側の特定だろう。




「つってもな…」


 まあとにかく情報が無いわけで。


 今日は部活が無いので、大体の生徒が帰った後の校舎内。俺は一人で帰路へ向かう。


 生憎と、いじめなんて物とは無縁の生活を送って来からイジメをする側にも、される側にも感情移入できない。


 双方の心境が全く分からないなんて、人選ミスも良いところだ。


「…ん?」


 足音が聞こえた。

 ここは2年生の教室が並ぶ三階。

 今の時間は誰も居ない筈だ。


「気の所為か……?」


 背後には廊下が伸びているのみ、奥にあるのは屋上への階段だけ。

 立入禁止だし、鍵がかかっているので生徒では入れない。


「……帰るか」


 今日だけでどうにかなる問題でも無いし、こればかりは一人で考える問題でも無い。

 教室に置いてある荷物を回収して校舎を出る。




 校門前まで来て…特に理由も無く、校舎の方を見たとき。

 ふと、違和感を覚えた。


 屋上にあんな突起、有っただろうか。

 普段目にしないから違和感を覚えただけなのだろうか?

 しかも……動いた様な…?


 嫌な予感がしてならない。

 と言うか、多分…いや、確定な気がする。


「……いや、絶対にヤバイッ…!?」


 見えた場所からして、校舎裏…職員室の裏口辺りだろう。

 俺は慌てて荷物を放って、校舎裏に走り出した。


 屋上の高さは多分12m位…だとして、落下したら…大体着地まで………1.5秒位か…。


 全ては、あそこに居る馬鹿の行動次第だが、可能性はある。


 校舎裏は先生達の車が通れる様にアスファルトだった。


 足から着地してもまず大怪我、頭から落ちたら…普通に死ねるような場所のはずだ。


 まさかここまで放置されてたとは。


 …なんでこうなるまで誰も気付かなかったんだ?


 校舎裏まで来て、屋上のフェンスから身体を乗り出す人影が目に入った。


 ここから声をかけても、間に合う気がしない。

 こうなってしまうと…もう、俺に出来る事なんてたかが知れてる。


「間に合え…!」


 重さを30kg後半として…時速55km程の速度で落下してくる、と仮定しようか。

 その衝撃が…どれほどの物であれ、限界までクッション役として緩和するしかない。


 走りながら手を伸ばし、指先に落下物が触れる。

 地面と落下物の間に身体を滑り込ませて、落下物が自分の腹部に触れると同時に体勢を低くして地面ギリギリまで倒れ込む。


 異常な程ゆっくりに見えたその光景。


「キャアッ…!?」

「…ッ…!」


 全身に衝撃が走ると、時間の流れが戻って来る様に痛みが走った。


 あ…?ちょっと待て…?

 何だよ今の悲鳴は…女の子か?


「あっ!?…痛っ…!?」


 腕が上がらないのは、物が乗っているからでは無く…こちらも痛みからだった。


「……嘘…何で……?」


 その声を聞いて顔を上げると、腹上の少女と目が合った。

 見た感じからして、俺とは違って怪我をした様子ではない様だけど、瞳には涙が浮いていた。


 泣きたいのはこっちだっての!


 アスファルトに制服を擦ったし腕と足に痛みがある。

 どこかの骨が折れたかも知れないし。


 まあともかく、高さ12メートルから落下する女の子のスライディングキャッチに、俺は見事成功した。


 それはそうと、俺は目の前の少女に物申さねば気が済まない。


「…雨宮…お前、三編みと変な眼鏡無しだと別人だな…」

「……えっ…?」


 この女は雨宮あめみや時雨しぐれ

 クラスメイトの中でも特に存在感が薄くて、ハッキリ言って古臭く見える三編みと眼鏡の少女だった。


 ちゃんと話した覚えは無いので、いじめ関連も分からない。だが少なくとも俺の知る彼女は、ここまでの美少女では無かった。


 普段から身近な人達に美男美女が揃っている俺ではあるが、価値観は一般人だと思っている。

 彼女の容姿は、好みによっては一番タイプと言う人も少なくない…と、そう感じさせる位には美人だった。


 まあ、取り敢えずいじめを受けている側の人間は特定出来た。


「……間宮君…?」

「今更かよ…」

「何で……?」

「言葉をハッキリさせろ…。何で助けたのかって話なら…偶然だ」

「………」


 あーあ、黙っちゃったよ…。これ俺にどうさせたいんだよ…?

 助ける助けないの話だったら、もう流石に無理だ。こんな行動二度目はない。


「はぁ…取り敢えず、そこから降りろ…足痛いんだよ」

「えっ…あっ!ごめんなさい…!」 

「謝らなくて良いから、退けてくれ」


 立ち上がる雨宮に続いて立ち上がろうとすると、やはり腕も足も力が入らない。

 おっと…?これは…しくじったやつか?。


 ふらついていると、雨宮が手を貸してくれた。


「悪い…」

「……私の方こそ…ごめんなさい…」

「…そう思うんなら、誰に何をされたのかだけ教えてくれ」


 俺がそう言うと、驚いた様に顔を上げた。どうしてそれを知っているのか…と言わんばかりの表情だった。


 この表情を見る限りでは、雨宮は掲示場の事は知らない様だ。


 まだ問題が残っている事に、軽く絶望する自分が居た…。


「……幸先が悪い…」

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