第8話 一筋の光

 ゴールデンウィークの半ば、俺は河川敷に居た。


 今日は天音さんこそ見かけなかったもの、橋の下に一人の少女を見つけた。


 最近はこの辺で見かけない女の子と遭遇するなあ…と言っても2回目だが。


 少女は、ユヅとは正反対と言うべきか…短く切りそろえられた漆黒の髪と、ぽっちゃりとした体を揺らしながら、橋の下で体を動かしていた。


 俺は理由もなくそれを眺めていた。

 頑張る女の子ってどんな形であっても輝く物だよな。


 ふと思い立ち、俺は一度その場を離れた。



 ◆◆◆


 〜side〜???



「…ほら、早く遅刻するわよ!」

「分かってる…」


 母の声を聞いてから慌てて家を出る。


 7月らしい夏の日差しに歓迎され、半袖のワイシャツとスカートを湿った風が揺らす。

 今日は転校初日だが、まだ高校の制服は届いてない。


 目的の高校へと少し早足で歩いて行くと、その高校の制服の生徒が辺りに見え始めた。


 引っ越した先が高校の近くだったから良かったが、これがもう少し遠いと自転車通学になるところ。


 ふと、理由もなく振り向いた。


 感じるのは周りからの強い視線だけ。


「……気の所為…?」


 とても心地の良い声が聞こえた気がした。どこからしたのかは分からない。


 体の奥底が温まる様な懐かしい笑い声。思い出すだけで心が安らぐような、彼の笑顔。


 また、いつか再会できる事を願っている。


 今も彼は、何処かで…誰かの心を救っているのかな


 直近の一年間は頑張って…彼から会いに来てくれるかも知れないと思って、全力で自分を磨いた。

 でもきっと…今の自分を見ても、彼は私のことを思い出せないかな。

 前と今では、あまりにも見た目が違うから。


 それはほんのささいな夢の為でもあったけど、殆どが自分に自信が欲しくてやっていた事だ。


 あの時の私を見た彼の言葉は、今でも胸の中に残っている。


 彼が居なかったら、私はこんな風になれなかった…。


 学校についてから職員室に直行する。

 それから、眼鏡をかけた、巨乳で美人な先生の後ろを着いていく。


 教室に入ると、先生の言葉で少しバラけていた生徒たちがすぐに席についた。


 先生に言われた通りに自己紹介をしてから、教室内を見回す。


 流石に彼は居ないか……そう思って最後に、廊下側の一番後ろの席に目を向けた。


「っ……!」


 思わず叫びそうになった。

 居た、彼が。

 以前と変わらない様子の、あの瞳、表情。

 髪型は少し変わってるけど…高校生になってるんだもん、それくらい当然だよね。


 私のことを見ても、やっぱり気付いてない。

 少し残念だけど、驚いてるのは分かる。


 当然だ。

 私はつい最近、人気のアイドルグループを卒業したばかりだから。


 彼もそれを知っているんだろう、きっと、ほんの少しでも…私の事も見ていたかも知れない。


 そう思うと、嬉しかった。


 彼のお陰で、私の人生の全てが変わった。


 そして、あの時には伝えられなかった…この気持ちを。

 この心に宿った、絶対に消えない一筋の光を灯してくれた彼に。



 ◆◆◆



 河川敷に戻ると、橋の下にはまだ少女が居た。


 俺はその少女に近づいて、話しかけた。


「おーい、君」

「…っ…!な、なに……?」

「ほら、これやるよ」


 振り向いた顔は汗にまみれた少女、俺はスポーツドリンクを投げ渡した。

 少し慌ててそれをキャッチする少女は、俺よりも少し身長が高い。

 そして俺より数回りほど横に大きい。


「えっ……?」


 困惑する少女の瞳は、日本人らしさのない紫色。

 俺は少女に笑いかけた。


「君さ、この辺の子?」

「…違う」

「だよな、学生だろ?緑雲じゃないよな?」

「…ん。…黒峰」

「えっ…遠っ」


 てか頭良いのかこいつも…。ただまあ、ユヅとは様子が違うしら迷子とか家出って雰囲気ではない。


「中学生?」

「……ん」


 こくっと小さく頷く。


「俺は二年なんだけど、君は?」

「…同じ」

「同級生か…。なら、もう少しやり方を考えた方が良いぞ」


 余計なお世話で、くだらないおせっかいだとは思うけど、俺はなんとなくそう言った。


 少女はギロッと睨みつけてくるが、俺は真っ直ぐに見つめ返す。


「……関係ない」


 …最近こんな子とばっかり話してるな、まだ二回目だけど。


「まあそうだな、関係はないけど…。ここで会ったのも何かの縁って事で、聞くだけ聞いて」

「………ん」


 少女は追い払う気力もないのか、スポーツドリンクの分は話を聞こうと思ったのか、ふらついた足取りで橋柱に背を預けて座った。


 俺はまず、言葉を選ばずに質問した。


「単刀直入に聞くけど、ダイエットしてるって認識で良いか?」

「…悪い?」

「いや、受験勉強が本格化する前に体絞ろうってのは良いタイミングだと思う。ゴールデンウィークだしな」

「……」

「でも、無理な運動は体調を崩すだけだ。大事なのは基礎代謝を上げること。中学の保健体育でも基礎代謝って単語は聞いたよな?」

「…生命維持のために必要な最小限のエネルギー」

「そう、その認識で合ってる。要するに基礎代謝は何をしなくても、それこそ呼吸してるだけで消費されるエネルギー見たいな物だな。実際は色んな事に使われてるエネルギーだけど。で、まあ…ダイエットにおいてこの基礎代謝ってのは重要だ。長期的に健康体を作ることを考えると特にな」


 俺はそれから、ダイエットする上での注意事項をクイズ形式で一つ一つ教えていった。

 …なんでこんな事知ってるんだ俺…。


 そして話し終える頃には、少女の汗も引いていた。


「…いいか?ダイエットするなら、今言った様に美容と健康に気を付けながら、生活習慣と絶対に無理のない反意の運動を心掛ければ良い。それで基礎代謝は上がる。まあ、言葉なら何だって言えるし、全部実践しろってのは難しいだろうけど…」

「……やる」

「…ここまで話しておいてアレだけど、なんでそんなに必死なんだ?俺の話なんて本当に参考程度にしかならないよ。それでもちゃんと耳傾けて、かなり意思も硬いみたいだし…。正直、中学生がやる様なことじゃないし」

「…もう…イジメられたくない」

「……へえ?」

「バカにされたくない…親もクラスメイトも先生も、見返してやりたい」

「成程」


 何をしたいのかも、その理由もわかりやすい。



「…格好良いじゃん」


 思わず俺はつぶやいた。


「…は?」

「いつまでこっち居るんだ?」

「…ゴールデンウィーク中だけ。両親が旅行中で、今はお母さんの実家で世話になってるから…」

「そっか…。なら、その間は俺も手伝うよ」

「……なんで?」

「ただの自己満足」

「…変なの」

「そうか?形は何であれ、真っ当な方法で周りを見返そうって思って、ちゃんと実行する人は格好良いだろ?協力したい、助けたいって思うのも変じゃないと思うけど」


 せっかくなら有言実行して欲しい。その姿を見ることは俺にはできないかも知れないけど。

 一つ思った事としては…きっとこの子は一人になったとしても頑張るだろうと思った。


 でも何となく、助けたいと。


 まあでも、それって完全な自己満足。


「ゴールデンウィーク中は昼過ぎならここに居るから、いつでも来てくれよ」

「……その時は……。うん」



 ◇◇◇



 そんな事があって、ゴールデンウィーク中は彼女の手伝いをする事になった。

 と言っても俺がやったことと言えば、運動に付き合うのと交換日記の形式で食事や生活習慣に軽く口出しした程度。


 たかが十日に満たない時間の中ではそう変わる物でもないが、長期的に見てのメニューだから当然と言えば当然。


 3日も経てば打ち解けて、くだらない雑談をする程度の仲にもなった。

 主に学校の愚痴を聞いてあげてるだけだが、案外面白い子だと分かった。


 メニューに忠実で、話してる限り自分の感情や考えに素直な性格をしてる。


 そんな彼女と居るのも今日が最後、俺はあえて顔を出すことをせず…いつもの橋の下に交換日記を置いてその場を去った。


 変に別れを告げるよりは、こうして書き置きしておく方が俺の性に合ってると思った、ただそれだけだ。


 決して、どこかの少女がやってたことを俺もやってみたかったとか、そういう意思はない。

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