第7話 飛ぶ鳥跡を濁さず

 母不在の家に、美少女を連れて帰った時…時刻は午前二時を過ぎていた。


 俺はソファに少女を下ろし、対面に座ってから取り敢えずどうするべきか、頭を悩ませた。


 行動したくとも、結局はこの少女が起きなければやりようがない。


 そう思っていたのも束の間、少女がゆっくりと体を起こした。


 俺と目が合うと、周囲を見回してから睨みつけてきた。


「っ…何をっ…!」

「人の膝使って寝たのはどこの誰だよ…?」

「………」


 少しの間睨まれたままだったが、状況を思い出したようで徐々に申し訳無さそうな表情に変わった。


 …変わったと言っても、ほぼ表情の変化がないのに何となく分かる、不思議な子だ。


 そこで、くう…とどこかの誰かのお腹が鳴った。


「………」

「…取り敢えず、シャワー浴びてこい。なにか作っておくから」

「別に…」

「いいから行けって。その制服来てたら風邪引くぞ」

「……変な奴、なんで無償で助けるの?」

「仕方ねえだろそう育てられたんだから」

「っ…」


 俺は少女が「親」という単語に少し反応したのを見逃さなかった。


「………シャワー、借ります…」

「どうぞ…。って、そうだ君名前は?」

「………」


 名前を聞いたら急に睨む眼光が鋭くなった。

 …なんかめっちゃ警戒心感じるぞ。この質問そんなにダメか?


「……フルネームが嫌なら、知り合いになんてあだ名で呼ばれてる?」

「……ユヅ…」

「…おっけ、ユヅね。そっちの部屋だ、服は…あとで持ってく」


 そのユヅがリビングを出たのを確認してから、俺はゆっくりと体を倒す。

 あまり重くはなかったが、流石に体格的に近い女の子を抱いて歩くのは中々大変だった。


「…中華麺あったよな」


 焼きそばでも作ってやるか。俺も夜食にしよう。


 作り始めるその前に、風呂場の前に着替えとタオルを置いておく。

 そしてふと、青いパステルカラーの下着が目に入った。おそらくは同級生くらいであろう美少女の下着、しかも脱ぎたてである。


 …あっ…てか、下着どうすりゃいいかな…。


「……何か言われたらで良いか」


 …流石にそこまでのことは分からないし。


 そもそも彼女はあんな公園でなにやってたんだか。話を聞くタイミングがあるかどうか。

 聞かないという手も勿論ある、性格のせいで面倒事に首を突っ込んだ以上は…あとは二次被害が出ないことを祈るしか無い。


 幸いな事に明日は休日で、ありがたい事に部活もない。外出予定も、母の帰宅予定も無いのでユズについて誰かに知られることも無いだろう。


 焼きそば作って皿に盛ると、丁度ユヅがリビングに戻ってきた。

 一応、俺が普段着ている黒一色無地の寝間着。


 …てか、これは…ちょっと…。色気やばっ…。


 同い年だとしたら、凛月や美月を見てこんな気持ちになったことは無かった。


 結局、下着はどうしたんだろうか。


 ……俺が気にすることでもないか。


「遅かったな」

「…髪長いから」

「そうかい。ほら、焼きそば」

「……頂きます……」


 なんか急に素直になったな…。


 ついでにコンソメスープを横において、俺も向かい側に座る。


「…ユヅ。なんであんなところに一人で居たのかって、聞いても良いか?さっきは関係ないとは言われたし、実際その通りだ。だから話すことを拒否してくれても構わない」


 結局、俺は聞くだけ聞いてみる事にした。

 ユヅは少しだけ箸を止めたが、すぐに食事に戻った。


「………」

「……ん…」


 しばらく沈黙したままの時間が過ぎていき、食器を洗い終わった頃。

 ソファに座ってボーッとしたままの少女の前に温かいココアを置いて隣に座った。


 少女は一口含むと、少し震えた声を発した。


「……私…」

「………?」

「…家出してきた」

「……なんで?」

「母親に『いらない子』って言われて、頭にきたから」

「………何があってそうなったのか知らないけど、その母親はそれ本気で言ってるのか?」

「多分、本気」

「……なんでそう思うんだ?」

「…妹の父親が、私と一致しなかったから」

「……やっば…」


 …めちゃくちゃ重い話じゃねえかよ…。


 父親が一致しなかったって多分DNA鑑定した結果って事だよな…。


 ユヅはまた、ぽすっと俺の膝に頭をおいた。

 それはどこか…甘えてくる妹の様で、俺はやさしく頭を撫でた。


「…昔から、妹の方が目をかけられてるのは分かってた。優秀だし、私と違って人付き合いが上手だから」


 確かにユヅは無愛想だ。それはこの数時間でよく分かった。


「…今、親と連絡する手段は持ってるか?」

「…スマホは持ってる」


 少女は寝間着のポケットに手をおいた。


「信用できる親戚は?」

「……いとこ」

「連絡できるか?」

「…うん」

「じゃあ明日…いや、もう今日か。朝には連絡入れて…昼過ぎくらいからそのいとこさんと、その親の所に行こう。事情を話して相談すると良い。悪いけど、俺個人じゃ君をどうしようもできないからな」

「……分かった」

「…なら、もう寝よう。部屋は…」

「…動かないで」


 立ち上がろうとすると、少女に静止させられた。


「……?」

「……ごめん、もう少しこのまま居させて」

「…分かった」


 俺はユヅと今日が初対面。

 無愛想で恐らく人付き合いが苦手であろう美少女に膝枕、しかもこの数時間で二度。


 行動的には心を許してくれてるのだが、まだ名前知らないんだよな。


 …まあ、ユヅって呼び方できるならそれで不便しないし良いけど。


「…撫でられるの好きなのか?」

「……そうかも知れない。初めてされたけど、気持ち良い」

「…綺麗な髪だな」

「……綺麗?」

「え、何か変な事言ったか?」

「…私はこの髪嫌いだから」

「なんでだ?」

「……身近に同じ髪の子居ないから」

「同じ…って?」

「私の髪、変な色してる」

「そうかな。夜空みたいで綺麗だと思う、俺は好きだよ」

「……変な奴…」


 …えっ、これ俺が変なのか?


「君、名前…」

「ん…俺?間宮真」

「シン…。シン…?」

「真実の、真」

「………」


 ころっと体勢を変えて仰向けになった。

 見下ろす形で、目が合うと…少女はゆっくりとまぶたを閉じた。 


「……ありがとう、シン」

「別に…」

「それでも、感謝してる」

「…そうかよ…」


 素直に感謝されるのが少し恥ずかしくなって、俺は少女を抱え上げた。


「っん…!?」

「俺の部屋使え。俺は母さんの部屋で寝るから」

「……変な奴…だけど、優しい」

「俺より優しい奴なんてこの世にいくらでもいるよ。俺は聖人君子じゃないんでな」


 そのままユヅを自室のベッドに放り込み俺は母さんのベッドに行くフリをしてリビングのソファで寝た。



◆◆◆



 翌朝、俺が起きたのは昼頃だった。

流石にソファで寝ると体が少し痛いな。


 ユヅは「親戚から引き取られることになった。迷惑を掛けてごめんなさい、本当にありがとうございました」とだけ書き置きを残して家を出ていた。


 いつの間に親戚と連絡をとっていたのか知らないが、スマホも持ってたし駅まで帰る道は分かるだろう。


 始発はもう出てる、今から追っかけるのは無理だろうな。


「…まあ、その内会えるかもな」


 何処に行ったのかは知らないけど、俺は書き置きを自室の勉強机に丁寧にしまい込んだ。


 綺麗な長い黒髪をした美しい少女、まあ忘れる事も無いだろうけど。

 俺は思いを馳せることもせず、深夜の残りの焼きそばを温めた。

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