第6話 濡烏

 昼休みに入る前、給食終わりに担任の先生から職員室に呼び出されて仕方なく来ていた。


「…あの、何で呼び出されたんでしょう…?」

「ほら、前に委員会決めるって言ったでしょ?」

「言ってましたね」

「帰りのホームルー厶で話し合いをするから、司会やって貰えない?」

「何でお……僕なんですか?」

「うちのクラスに生徒会の子が居ないでしょ?君ならそう言うの出来ると思った次第です」

「…分かりました。用はそれだけですか?」

「一応、もう一つ。間宮くん、生徒会やらない?」

「いいえ…やりません。それでは…失礼しました」


 職員室を出た俺は、ゆっくりと息を吐いた。


 さかき瑠衣るい。去年からお世話になっているうちのクラス担任教師なのだが、何かと有ったら俺に「生徒会入らない?」とか「これ手伝って!」と言ってくる。

 苦にはなってないから今の所は良いけれど、以前には図書室の本の片付けを手伝わされたり。


 何となく、都合良く使われてる感じがして癪なんだよな。


「…まあ良いか。取り敢えず昼休み…どうしよ…」


 給食の後にすぐ動くのは気が引けるし、取り敢えず図書室行くか。


 何の理由も無く、図書室に行くと…意外とたくさんの人が居た。

 うちの学校の図書室は人が居ないのが、普通だったんだけどな。


 と言う事はここにいるほとんどが一年か。

 インドアが多いんだなぁと関心してると、当然ながら知った顔も居た。


「よ、九条」

「うわっ…間宮…何の用だよ?」

「うわってなんだよ?去年一緒に図書委員やった仲だろ?」

「殆どを僕に押し付けて空き教室で寝てただけの君との間に仲なんて無い!」

「ん…何で空き教室で寝てたって知ってんだよ?」


 九条くじょう結人ゆいと

 趣味は読書と映画観賞で特にホラーとグロが大好き。

 コイツとは絶対に映画を見に行きたくは無いが、なんだかんだで趣味は合うし決して仲は悪くない…筈だ。


「まあ、冗談は置いといて」

「僕は冗談なんか言って無いんだけど!」

「今日は雛乃ひなの先輩は居ないのか?」

「体調不良で休んでる。最近多いんだって…」

「体調不良……去年もあったな」

「丸々一か月位は休んでた事あったからね」 


 さかき雛乃ひなのと言う、俺と結人に図書の仕事を教えてくれた先輩で…榊瑠衣先生の妹さん。

 尊敬どうこうは置いておき、体が弱く病気がちな先輩だ。


 様子を見に来たのだが、どうやら今日は休んでいるらしい。


「……まあ、それじゃあ用は無いし、帰るわ」

「本当に何しに来たんだよ…」

「おっと、そう言えば九条、お前委員会…何に入るんだ?」

「言ったら仕事押し付けるだろ!」

「当然だろ」

「………何で当然なんだよ…」

「で、何?」

「図書委員続けるよ」

「オッケー、把握したわ」


 それだけ聞いて俺は図書室を後にした。




 放送委員会、保険委員会、美化委員会…等など。

 これらとは別に生徒会委員会が作られている。


 放課後…ホームルーム活動の後、すぐに委員会を決める為の活動を始めた。

 喧嘩や言い合いになる事も無く、10分程でスムーズに進んだ。

 今日は部活は無いので、この活動が終われば帰宅出来るから…スムーズに進んだのはありがたい。


 そんな訳で、俺は久々に自宅にて一人の時間を謳歌したのだった。



 ◆◆◆



「ん…」


 ゆっくりと体を起こす。

 外はまだ暗い。


 近くのデジタル時計の明かりをつけると、時刻は深夜の一時。


 窓の外から見える満月は妙に明るく、どこか赤い。


 現在は4月末。

 夜はまだ冷えるが、3月と比べるとかなり暖かく感じる。


 外套を羽織り、理由もなく外に出る。一足早い五月雨が止んだばかりのようだった。

 濡れた地面に反射する光、月に照らされて明るい住宅街は街灯の明かりを殆ど必要としていない。


 何となく駅の方に歩を進めた。


 これといった理由はやはりないが、俺は少し凛月について考えていた。


 凛月は満月というより、太陽の様な少女だと思う。


 湊さんはあえてアイドルを造花に例えていたが、強いて言うならば凛月は大輪の花。


 言うなれば百花の王、牡丹ぼたんとかだろう。

 花言葉は〈王者の風格〉。

カッコ良すぎるでしょ、凛月には相応しい。




 気付くと、俺は駅前まで来ていた。

 …ここまだ人居るのか、補導される前に見つからない場所に移動するか。


 別に深夜徘徊を邪魔されても仕方ないとは思う、そもそもこんな事をしてる俺が悪いのは分かっているから。


 駅前を離れて普段なら来ない裏路地を歩いていく。


 ふと、寂れた公園を見つけた。

 遊具も殆ど動いた形跡がなく、点滅する街灯の下に虫が群がるだけ。

 …見覚えのある公園ではある…けど、夜中に来るとめちゃくちゃ怖いなここ。


 その公園のベンチに…人が座っている。


 流石にヤバイ人か幽霊だろう…と感じて離れようと思った、その時。

 それが女性だと気付いた。


 突風でなびいた長い髪を見たからだ。

 幽霊なら長い髪が風で揺れることも無いだろうけど。


 ベンチに座っているとはいえ身長は高くない様に見えるし、なんなら俺と同じか歳下くらいだろうか。


「…君、こんなところで何してんだ…?」


 思わず声をかけると、少女はビクッと体を震わせた。


 少女はゆっくり俺の顔を見上げると、少し睨みつけて来た。

 月明かりに照らされた少女は、眼を見張るほどに整った顔立ちをしていた。


 睨まれているのに思わず見惚れてしまった程だ。


 凛月や美月を見ているから、美少女には耐性がある。


 おそらく雨に当たったんだろう、少女の腰まで伸びた長い髪は湿っており、美しく艶のある黒髪はどこか夜空を思わせる様に青紫がかっていた。


「…何、ストーカー?」

「いや、違う…」

「なら放っといて」

「……帰らないのか?」

「…そっちには関係無い」

「関係は無いけど、気にはなるだろ。女の子がこんな場所に、一人で居たら当然だ」


 よく見ると、少女は少し肩を震わせていた。

 まあ…そりゃそうか。

 雨が振ったのが何時頃かは分からないが、この少女は制服、スクールシャツにロングスカート。

 まだ夜は冷える、流石にこんな格好では寒いだろう。


 俺は着ていた外套を肩にかけてやり、少女の隣に座った。

 幸い、ベンチは乾いていた。


「…なにして……」

「別に…」

「………」


 少しの沈黙、それから少女は…ゆっくりと倒れて俺の膝に頭を乗せた。


「なっ…?んっ!?」


 あまりに突然の出来事に思わず声を上げる。


 そして何故か…数分そのまま放置。


「…おい………?」

「………」


 流石に気になって声をかけたが、返答は無し。

 返ってきたのは規則的な寝息だけだった。


 どうやら先程までの態度に反して、かなり疲弊していた様だ。

 しかし良く考えなくても、それはそうだろう。


 彼女がいつここに来たのかは知らないが、少なくとも雨には濡れていた。

 この少女はきっと雨の中でこの公園に来て、雨宿りをしていた。


 ということは、俺と同じ様に深夜になってから外に出たのだろうか。


 いや、それは無い…か?


 ふと彼女のスカートはどこかの学校指定の制服だろう…と思考が巡った。


 俺は少し失礼して、校章を探した。

 裾のところにあった校章をスマホで写真に収め、画像で検索。


「……黒峰中…って…遠っ…。絶対電車で来てるだろこれ…」


 スマホ内の画像は消しておき、検索履歴も消す。

 俺は何となく彼女の頭を優しく撫でた。


 髪が崩れたりはしないように、強い刺激は与えない様に。


「…仕方ないか」


 呟き、俺は少女を起こさない様にゆっくりと横抱きにして公園出た。


「……濡れた制服重っ…」

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