第5話 ありふれた花

 翌朝、珍しく俺が起きるタイミングで家を出た母を見送ってから朝食を食べはじめた。


 週末で色々あったが、今日はいつもと変わらない登校日。


 強いて言うならば、新一年が部活を決める日だ。


 来週からはゴールデンウィークに入るので…その間に部活に馴染んで貰うんだってさ。


 たかだか数日で馴染めたら苦労しないけどな。


 こっちは丸一年経ってるのに部活は好きになれてないんだから。


 ふと、窓の外を見ると隣の家から人が出て来た。


 俺は慌てて準備をして、自宅を出ると、その少女の背中を追った。


 普段の登校では、凛月と美月は別々に登校する。というのも、凛月は一年の頃から生徒会に居るからだ。


 それで、あいさつ運動がどうとかって言うので…生徒会は登校時間が普通よりも早い人が多い。


「凛月!」

「えっ…おはよ、真君。早いね…?」

「お前が出て来たから急いで来たんだよ。一緒に登校していいか?」

「う、うん。大丈夫だよ」


 かなり驚いてる様子の凛月だが、昨日の事からして俺が聞きに来るのは予想出来たと思うんだけどな。


「それにしても、何で?」


 予想出来て無かった。こいつそれくらい考えりゃ分かるだろうが…。


「昨日の事。湊さんにアドバイス貰ったんだろ?」

「えっ…まあ、そうだけどね…。よく分からなかったから、まあ…自分なりにやろうかなって」


 自分なりに…ね。と…言う事は…だ。


「面接、受けるのか」

「うん!受かったら勿論頑張るし、駄目だったら駄目だったで、何か変わる訳でも無いし!」

「成程…因みに、湊さんからのアドバイスって何だったんだ?」

「それが…花らしくあれって…」

「……ん?」

「ねえ、真君は一番綺麗な花って何だと思う?」

「えっ…まあ、コスモスじゃね?」


 ぱっと考えてさっと答えた。凛月はパチパチと目を丸くする。


「へっ…?何で?」

「えっと…コスモスって花の全体的な花言葉は【調和】なんだけど…。花言葉って色によって意味が変わるんだよ。中でも白のコスモスは【優美】とか【美麗】って意味。綺麗な花じゃなきゃ、そう言う花言葉にはならないだろ?」

「えぇ〜…花言葉って。今の質問に対して…何でそんなに曲線的な受け取り方なの?」

「俺に美的センスなんてある訳無いだろ。だからまあ、花を意味として捉えてみたんだけど」

「うぅ〜…?」


 うーん反応が微妙だな。まあからかうのもここまでにしておこうか。


「まあ、冗談は置いといて…湊さんのアドバイス、俺は何となく分かったな…」

「えっ…!?どう言うこと?」

「多分、お前には言っても分からないんじゃないかな。凛月は、湊さんが花で例えた理由を考えるのが一番かもな」

「花で例えた…理由……。うーん……?」


 それにしても、湊さんも面白い事を言うなぁ…。

 花らしく…か。


 どんな花でも大抵「綺麗…!」って言いそうな凛月に、花で例えるのは間違いな気はするけどな。


 まあでも…「自分らしく居ろ」って事は、口で言ってどうこう出来る話でも無いか。

 寧ろ、それを意識させる方が凛月には悪影響だろう。なら適当に悩ませて吹っ切れさせる方向にしたのか。


「湊さんも、意地が悪いよな」


 あの人ならもっと分かりやすく、意識させない様に言えるだろ。


 俺は湊さんのニヤリとした笑顔を頭に思い浮かべながら、未だに唸っている凛月の隣を歩いた。


 ……それはともかく、湊さんは何の花が一番綺麗だと思うんだろうな?


 花は自分が綺麗だと思って咲いてる訳じゃないから、凛月も自分らしく居ればそれが一番輝いて見えるだろう……って事を言いたかったんだろうけど。


 まぁ…あの人の事だし、変化球どころか魔球が飛んで来るんだろう。


 後で美月にでも聞いて見るか。



 ◆◆◆



「流石に早かったよなぁ……」


 教室には、まだ数人しか居なかった。

 一応全員に挨拶だけして自分の席に座る。


「やあ真。相変わらず良い身分だね」


 教室には居なかった筈の声を聞いて振り向く。


「よう晶、いい加減その挨拶を辞めない?」

「君が身の程を弁えれば良い」

「何お前、そんなに嫉妬してたのか…?」

「全然?からかいたいだけだよ」

「その割には言葉が強いよな…」


 笑いながら言ってるのに、言葉が強い。

 何だよ、身の程を弁えろって…?幼馴染みと並んで歩いて何が悪いんだよ?


 それはそうと、凛月と一緒の時と美月と一緒の時とで、当たり方が違い過ぎないだろうか。


 凛月と居る時の当たりが強過ぎるんだけど?


 そんなに凛月と居て欲しくないの?

 もしかしなくても凛月の事好きなんですか?


「……んな訳ないか…」

「なんだい急に?」

「いや、別に…」

「…おはよ…」


 晶に胸ぐらを掴まれる寸前、目を擦りながらの美月が声を掛けてきた。


「おう、おはよう」

「おはよう鷹崎さん、悪いけどこれから真をのさないと行けないんだ」

「……?」


 意味が分からないと言った様子の美月、喧嘩になりそうだと感じたのか取り敢えず俺の袖を小さく引いてくれた。


「なあ、美月。お前一番綺麗な花って話で何て答えた?」 

「凛月から聞いたの?」

「…何の話だい?」

「凛月がスカウトされた話。隣のクラスがうるさかったから…多分直ぐに広まる」

「へえ、ちょっと聞いてくる」


 えっ、今から?

 先生来たらすぐにホームルーム始まるよ?


「…まあ良いか。それで、美月は何て答えた?」

「造花」

「ぞ…うか…?」

「人が造った花」

「……湊さんは?」

「造花」


 何だあの人…とこいつ。


 俺よりよっぽど捻くれ者じゃん。真面目に花言葉を考えた俺の時間を返せ。一瞬だったけど。


 それにしても人が造った…ね。やっぱり変化球よりも魔球が飛んで来たよ。


「んー…凛月は、見せかけじゃなく中身も綺麗に居れるのか…」

「大丈夫。私の妹だから」


 いや、お前の妹だから心配なんだろ?


 まあ…どうあろうと、見守る事しか出来ないか。


「…にしても、凛月ってなんで頭良いのに湊さん相手だと頭働かなくなるんだろ…」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る