第3話 大輪の魅力

 鷹崎家を出た後、この街の外にある河川敷へ向かった。

 ここには良く、ある人が来る。


 俺がとある理由で母親を嫌っていた時期。

 河川敷に居た彼女に話しかけられた。

「なにしょぼくれてるんだい、少年…何かあるなら私に話して見ない?」と。


「やあ少年。最近見ないから、お姉さん忘れられたのかと思ったよ」


 河川敷に座って居ると、背後から女性の声が聞こえて来た。

 俺の後ろに立っていたのは腰まである長い黒髪を結う事もせずに靡かせている、スレンダーな美女だった。


 彼女は、天音あまね由紀ゆきと言う、株式会社の社長だったり、環境保護や児童保護に関する財団の代表をしていたりする。

 因みに…現在の年齢は24歳。


 若すぎじゃない?

 それでCEOなんて務まる物なんですね。

 これには理由があるのだが、単純な話で前社長から継ぐ人が他に居なかった。そこに天音さんがとても優秀だった事もあり、自然とそうなったらしい。


「…どうも、暇だったんで来ました」

「ふふっ…ありがと。最近は君が居るから頑張れてるよ」

「俺と会う前から頑張ってたと思いますけど…?」

「そう言ってくれるのが君だけなんだよ…」


 かたっとヒールを鳴らして「大人になると褒めてくれる人が居ないからねー」と言いながら、俺の横に座る。

 肩が触れ合う距離…っていや、これは流石に近い気がする…。


「あの…」

「良いじゃん、傍から見たら普通のカップルだよ…身長的に…」

「それはそれでどうなんですか…?」

「私は構わないけどねー…君がもう少し早く産まれて来てたら、今頃は私から求婚してたよ?」

「何を言ってるんですか…?」


 この人本当に何を言ってるんだろう。もしかして年下好きなのかな?俺狙われてたの?


「あははっ…冗談…では無いけど、流石に手を出したりはしないよ」

「そこは冗談って断言して下さいよ」

「それは難しいね。基本、嘘はつかないから。信用が一番の仕事をしてるからね…」


 そう言うと、俺の頭を撫で始めた。


「…ちょっ…何して…」

「いいじゃん減る物じゃないし」

「そうですけど、恥ずかしいんですよ…」

「かわいいなぁ…」


 雰囲気がいつもと違う。また何かあったのだろうか?


「私も、君のこと見習わないとね…」

「何の話ですか…?」

「コッチの話だよ」


 んん…?本当に何なんだろう。


 少し間を置くと、天音さんは静かに自分語りを始める。

 これはいつもの事だが、その話は決して無駄話なんかじゃなく、いつも何かしらの役に立ちそうな経験談ばかりだった。


「…私ね、お姉ちゃんが居るんだ」

「姉ですか、初耳ですけど…」

「うん。会った事は無いしどんな人かも知らないけどね」

「えっ何なんで…?」

「私が養子に来てすぐ、出てったんだって」

「家出ですか?」

「ううん。お父さんが捨てたんだ。本人は否定してたけどね」


 結局、今どこにいるかも分からないし、自分を許してくれる事もないだろう…と。


 天音さんは悲しげな表情で話してくれた…。


 天音さんが何を思ってそれを話してくれたのかは分からなかったけど、少なくともこの人にとって「姉」という存在は大切な人なんだ…と漠然と思った。



 ◆◆◆



 天音さんが仕事に戻ったので、俺は適当に街を歩いていた。

 これと言った目的も無く。


 そこでふと、凛月を見かけた。


 見た感じ…スーツを着た男性と話している様だが。

 近くには、数人の友達らしき女子も居る。


 一体何事だろう。


 俺が気にする事でも無いとは思うけど、野次馬根性を発揮して、近くに行ってみた。


 すると直ぐに、男性は何処かへ行ってしまったので、凛月に直接会った。


「よう、凛月」

「あっ…!真君、もしかして見てた…?」

「まあ…」


 凛月の質問に答えてから、連れの友達にも挨拶をする。


「君達もさっきの人と話してたの?」

「ううん。りっつーだけだよ」

「…ん?何を話してたんだよ?」

「…えっと、これ」


 凛月が見せてくれたのは、名刺だった。

 話していた人の名前等の中、真っ先に目に入ったのが…。


「芸能事務所…?あ、これ…スカウトか」

「う、うん…」

「りっつー凄いじゃん!?」


 スカウト…スカウトか。

 凛月なら確かに…テレビに出てても違和感は無いだろうけど、演技とかはどうなんだろう…?


「なんか…演技するにしても、歌とか踊りをするにしても、練習すればどうとでもなる。だが素の美しさは先天的な物だ!…って言ってた」


 おー…?

 あー、あれかな、すっぴん美人が欲しい…のか?

 言ってる事は分からないでも無い。

 ただ、寧ろ外見的な美しさなら…幾らでも作れるのではないだろうか。


 と、俺が思う位なのでおそらくは内面的な話なのだろうとは思う。全く意味分からんけど、そんなもんなのかな。


「ど、どうすれば良いかな…?」

「どうって、それは自分で決めるべきだろ。もしくは、紗月さんとかにアドバイス貰うとか…」


 あの人ならそんな経験ありそうだ。


 それにしても…事務所の代表が直接スカウト…か。


「…凄い話もあるもんだな…」


 あたふたしている凛月を横目に、一人そんな事を呟いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る