遺言
俺は昔から、誰かの引き立て役として生きてきた。
どんなときも必ず、俺より優れている誰かが隣にいた。
俺より才能のあるやつがいた。
俺より努力しているやつがいた。
俺より信頼されているやつがいた。
俺が積み上げてきたものを、平然と抜き去っていくやつらがいた。
俺は誰かの引き立て役として生きてきた。
きっと、小学校低学年や幼稚園のころは、俺が主役になることもあったのだろう。
でも、学年が上がるごとに、俺の価値はどんどん下がっていった。
誰も俺の存在に、気に留めなくなった。
俺は何かで一番になりたかった。物心というものを持ち合わせた瞬間から始まる、承認欲求の権化だった。
時には誰もやらないようなことをして、クラスのヒーローになったこともあった。
でも、中学、高校と進学するにつれて、そんな機会はどんどん減っていった。
このまま人生から色が失われていくのを、ただ指をくわえて眺めているのが嫌で、いっそ、死んでしまおうかと、本気で考えたこともあった…が、俺は死ねなかった。死ぬには余りにも臆病だった。
無為に時間を浪費するだけの毎日。
無味乾燥な日々。
そんな日々に変化が訪れたのは、つい先日のことだ。
俺が、癌にかかった。
医者は言った。俺の命は、あと数か月だと。
余命が宣告されてから、俺の中で何かが壊れ始めた。
それはきっと、俺が長い間押さえつけ続けてきた「理性」という名の蓋だったのかもしれない。
俺は死にたくないと思った。いや正確に言えば死ぬのが恐かったわけではない。忘れられるのが怖かったのだ。
そう思ったときに、ようやく気が付いた。俺はやっと自分の人生と向き合ったのだと。
死にたくない。
この世界に、何か爪痕を残さねば気が済まない。
このまま誰にも知られずに死ぬなんて、死んでも死に切れない。
どうせ死ぬなら、せめて誰かの記憶に残って死にたい。
俺はすぐに行動に出た。
俺という存在を知ってもらうための土台としては、幸いにもインターネットというものがあった。
アイデアはすぐに思い浮かんだ。昔、目立ちたさ故にオカルト好きを偽ったことがある。その時の知識を生かせばいい。
『都市伝説』
俺が目指すべき場所は、決まった。
ネット上で、都市伝説として名を馳せる。そうすればきっと、誰かが見つけてくれるだろう。
そうして俺は、都市伝説の培養土として一つの小説を見つけた。
『羊の夢』
マルコフ連鎖を使った、ただの実験小説。文章はとても読めたものではなかった。
だが、都市伝説を作る身としてはその方が都合が良かった。人は未知を恐れる。それに、きっと考察厨が食いつく。
都市伝説の題材は、既に決めていた。最もインパクトのある、それでいて身近で、かつ都市伝説らしいもの。それは人間の死だ。
「読めば死ぬ小説」。興味を惹かれないわけがなかった。
あとは、それを現実にしていくだけだ。当然、事例が一件だけでは話にならない。
似たような事例を、いくつか用意必要があった。つまり、他人を巻き込まなくてはいけない。
幸いにも、病院にはいつ死んでもおかしくないような患者がごまんといる。
あとは、少しの細工をするだけだ。
『羊の夢』の一節を記した偽の遺書を書き、患者を殺す。
遺書に書くのは、最後の一節がふさわしいだろう。殺害には毒物を使うことにした。薬剤の知識などなかったが、ネットで調べれば何とでもなった。
そうして俺は、人を殺した。
初めこそ、後悔と罪悪感で胸が張り裂けそうな気持ちだったが、それ以降は自分でも意外なほどに冷静だった。
考えてみれば当然のことだ。見ず知らずの他人の死に、俺たちは興味がない。60億の人間のうち、彼らの死を悲しむのは一体どれくらいだろうか?
ある程度の人間を殺し終えて、病室の隅、俺は一息をついた。これだけの人数を殺せば、都市伝説として十分だろう。
俺は掲示板サイトを回って、新しい噂を流した。
「『羊の夢』というweb小説は、呪われている!」
はあ、やっと俺の人生は意味のあるものになったのだ。俺は、いつの間にか自分が笑っていることに気がついた。
ただ一つ、この都市伝説には足りないことがある。俺はこの人生をかけた大作に、一片の悔いも残したくなかった。
『羊の夢』を読んだ男が一人、生き残っているじゃないか。
俺は最後の一人を殺すことにした。
羊の夢 アル・棒ニー @yabikarabouni
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