第10話 城に潜む魔術師


 パーティーで忙しいため、誰も通りかからない廊下の端。

 目的の場所に辿り着いた私は、魔術師の出現を待った。


「魔物の出現で場内がパニックになるのが今から十分後。召喚を始めるとしたら、そろそろかしら」


 私が息を殺して待っていると、廊下に一人の魔術師が現れた。

 召喚魔法を唱え始めた男に向かって、拘束魔法を放つ。


「ぐはっ!? 何が、起こった!?」


 拘束魔法を受けた魔術師は、床に芋虫のように転がった。

 男と会話が出来るように、首から上は拘束していない。


「ただの拘束魔法よ。これから私のする質問に正直に答えるなら、命だけは助けてあげる。魔物は召喚させないけどね」


 私は床に転がる男の後ろに立った。

 今はまだ透明化の魔法が効いているが、話しているうちに解ける可能性があるからだ。

 顔を見られることは極力避けたい。


「誰だ。王宮の者か?」


 男は芋虫状態のまま尋ねた。


「あなたは知る必要のないことよ」


 そう言って、男の身体の上に足を置く。

 力は入れていないが、私が男を踏みつけている状況だ。


「今、あなたの命を握っている人物とだけ思ってくれればいいわ」


 私が静かな声で言うと、男は状況を正しく理解したのだろう。従順な様子を見せた。


「……分かった。質問に答えよう」


「ありがとう。賢い人は好きよ」


 男の身体から足を下ろして、質問を投げかける。


「あなたはどこの組織の者?」


「それは言えない」


 従順になったと思ったら、最初の質問でこれだ。

 私は靴の先で男の身体を軽く蹴った。


「殺されたいようね」


 すると男は諦めたように、溜め息交じりの声を出した。


「言わないんじゃなくて、言えない。俺には、組織のことを言おうとした瞬間に死ぬ魔法が掛けられている」


「……まあいいわ。じゃあ次の質問」


 男の言葉が嘘か本当かは分からないが、きっとこれ以上聞いても何も言わないだろう。

 それなら切り替えて別の質問をした方がいい。


「王宮に魔物を放とうとした理由は?」


「魔物の退治で、『聖女の慕情』の能力を消費してほしかったからだ」


「『聖女の慕情』の能力? それは何?」


 これまでの人生で聞いたことの無い単語だ。

 “聖女の”と付いているからには、聖女に関わる何かなのだろうが。


「『聖女の慕情』は、聖女の持つ能力の一つだ。この国に聖女が現れたという情報が入ったから、早急にその能力を消費させる必要があった」


 能力を消費させると言っても、これまでの人生で私は城に現れた魔物を聖力で浄化している。

 『聖女の慕情』なんて能力は使ったことがない。


「そんな能力を使わなくても、聖女は魔物を聖力で浄化出来るわ」


 私の言葉を聞いた男は、拘束されて圧倒的に不利な状況にもかかわらず、クックッと笑い出した。


「何がおかしいのよ」


「あんた、何も知らないんだな」


 私が靴の先で男の身体を軽く蹴って続きを促すと、男は『聖女の慕情』について語り始めた。


「『聖女の慕情』は、聖女が最も愛する人に与える能力のことだ。だからこの能力を持っているのは、聖女自身ではなく聖女の身近な誰か。大半が聖女の夫らしいがな」


「『聖女の慕情』について、もっと詳しく教えて」


「いいぜ。『聖女の慕情』は、聖女の持つ祝福の一つとされている。国に豊穣などの利益を与えるように、たった一人の愛する人に能力を与える。『聖女の慕情』を与えられた人物は、生涯に一度だけ、どんな願いでも叶えられる能力を得る」


 どんな願いでも?

 生涯でたった一度だけとはいえ、反則級に強力な能力だ。


「この話は一般には知られていないから、聖女の夫が『聖女の慕情』に気付く前に、危機的状況を作って適当な何かを願わせて能力を消費させたいと考えている。組織は、危険因子が嫌いなんだよ」


「だから城に魔物を放って、何も知らない『聖女の慕情』持ちに能力を消費させようとしたのね」


「そういうことだ。『聖女の慕情』持ちが城にいるかは分からないが、聖女は王宮に囲われることが多い。可能性は高いだろう」


 私自身、『聖女の慕情』を与えた意識は無いが……過去の人生で与えているとしたら、相手は間違いなくルーベンだ。

 だから男の所属する組織が打った手は正しいと言える。

 目当てのルーベンは城にいるからだ。


 問題があるとすれば、事件当時に聖女が城にいたことだ。

 聖女が外出中だったなら作戦は成功したかもしれないが、聖女がいたために城の魔物はすぐに聖女である私に浄化された。

 詰めが甘いと言わざるを得ない。


「何でも叶えられる力は、あまりにも脅威だ。狙われるのも仕方がないと思うぜ」


「『聖女の慕情』が狙われる……」


 もしかして、一度目の人生で起こった火事。

 あのときの犯人の狙いは私ではなく、炎をルーベンの『聖女の慕情』で消させることだったのかもしれない。


 しかし、ルーベンが願ったのは消火ではなかった。


 とはいえ消火を願わなかったルーベンのことを薄情とは思わない。

 自分にそんな能力があると知らなかった場合、願いで炎を消そうなどとは考えもしないだろう。


 火事の現場にいた場合、まず逃げることに集中する。

 どこにどうやって逃げればいいかを考えることに、脳のリソースを割く。

 炎が消えますように、なんて願っている暇はない。


 それに、あのときルーベンが願ったのは……。


「もしも、の話だけど。誰かに『次があるなら、あなたに安息を』と願って『聖女の慕情』を使った場合、どういったことが起こるかしら?」


 私は仮定の話として、男に聞いてみた。

 思い返してみると、どの人生でもルーベンは死ぬ前に似たような願いを述べていた。


「もしも次の人生があるなら、ってことか? 願われた相手は、生まれ変わった際に安息の人生を送れるんじゃないか? ……いや、“次”ってのは曖昧だな。次のチャンスととらえた場合は、生まれ変わるんじゃないかもしれない」


 たとえば、回帰するとか?


「それに、“次”は、“前”が無ければ成り立たない。連なったものに使う言葉だ。つまり、次の人生がブツ切りじゃ駄目だ。例えば、前世の記憶を保持しているなど、“前”と繋がっている必要がある」


 だから私には回帰前の記憶がある?


「……なあ、これだけ喋ったんだ。助けてくれよ」


 黙り込んでしまった私に、男が懇願した。

 確かに男のおかげで、十分すぎるほど情報は得られた。

 思ってもみなかったが、私の回帰の謎まで解けてしまった。


 私は、ルーベンに生かされた。


 たぶん本人にそのつもりはなかっただろう。

 しかし今際の際に、彼は私の“生”を願ってくれた。

 自分が死ぬ間際だというのに、私のことを助けてくれた。


 そんな彼に、私がしてあげられることは――――。


 私は男に向かって杖を向けた。


「約束は守る……けれど、さすがに城の中で解放は出来ないわ。それに魔物を召喚されるのも困るから、一時的に魔力を吸収した上で、城の外で解放する。それでいい?」


「ああ。それで十分だ」


 私は男と自分に向けて杖を振って転移魔法を掛け、二人で城から転移した。





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