第9話 例のパーティー


【side ジェイミー】


「ジェイミーちゃん、これ三番テーブルに運んでおいて」


「はーい」


 町に来てから一週間。

 私は町のレストランで働いていた。


「ジェイミーちゃんが来てから、レストランが明るくなった気がするよ」


「よっ、看板娘!」


「やめてくださいよ。恥ずかしいですから」


 まだ一週間だというのに、常連さんとこんなやりとりをするくらいに私は店に馴染んでいた。

 人生一周目ではこうはいかなかっただろう。


「ジェイミーちゃんは恋人いるの? 俺、立候補しちゃおうかな」


 二人組の常連さんの一人が言った。

 お酒も入っていないのに軟派な人だ。


「恋人と言えば、王子殿下の嫁探しの話はもう聞いた?」


「おい、邪魔するなよ。ジェイミーちゃんを口説いてる最中なのに」


「安心しろ。お前には無理だ」


 男の前に座っているもう一人の常連さんは、大口を開けて笑っている。


「王子殿下の嫁探し、ですか?」


 初耳だ。

 王宮の動きにはアンテナを張っていたはずなのに。

 きっとこの男は、相当な情報通なのだろう。


「そろそろ大々的に発表されると思うけど、どうやら今度のパーティーでルーベン王子殿下が嫁候補を選ぶらしいんだよ」


「今度のパーティーって、今月行う予定のパーティーのことですよね?」


 私は男の話に食いついた。

 だってそんなことは、これまでの人生で初めての出来事だ。


「おっ、興味があるようだね。残念だったな、ジェイミーちゃんはお前じゃなくて王子殿下が良いってよ」


 男は、私を口説いてきた男に向かって悪戯っぽく言った。


「急に決まったことらしくて、城内はてんやわんやだそうだ。なにせそのパーティーには、貴族じゃなくても参加できるんだからな」


 なるほど。

 ルーベンは、平民もパーティーに参加できるようにしてほしいという、私の願いを聞いてくれたようだ。

 しかし、嫁探しの名目で人を招くとは思わなかった。


「誰でも参加できるんですか?」


「嫁探しだから、男や老人は駄目だろうな。でもジェイミーちゃんなら問題なく参加できると思うよ」


 ルーベンには老婆の姿で頼んだのに、老人は参加できないのか。

 それはどうなんだ、とも思うが、平民を城に招き入れるパーティーはこれが限界なのだろう。


 そして本来の私は、問題なく参加できる。

 ルーベンの嫁選びの参加者として城に潜り込み、隙を見て魔物を倒し、何食わぬ顔で帰ればミッションコンプリートだ。


 ……今回の人生で私は、聖女として名乗り出るつもりはない。

 私が聖女として君臨すると、国が滅びるからだ。


 しかし魔物が襲ってくると分かっていて、人々を見捨てられるほど、非道にもなれなかった。

 だからこっそり聖女の役目を全うして、こっそり現場から退散するつもりだ。


 これならきっと、国に影響を及ぼすこともないはずだ。


 そのためには、正体を知られるわけにはいかない。

 特に、過去の人生で私の夫であり、この国の王子であるルーベンには。



   *   *   *



 案内されたホールには、色とりどりのドレスに身を包んだ女たちが大勢いた。

 一目で貴族の令嬢だと分かる上質なドレスに身を包んでいる女もいれば、精一杯のお洒落をしてきた平民らしき女もいる。

 まだ婚約の意味を理解しているか怪しい年齢の少女もいれば、その少女を産んでいてもおかしくない年齢の女もいる。


「これだけ人がいるなら、目立つこともないはず」


 私はレストランの看板娘ジェイミーとしてパーティーに参加をした。

 本名での参加だが、そもそも森ではルーベンに名乗ってすらいないため、問題はないだろう。

 ルーベンは私を老婆だと思っているだろうし。


「あなたはどこの家のご令嬢? あら、平民なの。通りで安っぽいドレスだと思ったわ」

「ルーベン王子殿下の年齢をご存知かしら。あなたでは、王子殿下の母親と同じくらいの年齢だと思うけれど」

「文字が書けないですって? 最低限の教養も無い人は、候補からはじくべきよねえ」

「きっとあなたの家には鏡が無いのね。あったら恥ずかしくてここへは来られないもの」


 すごい。

 ホール内では嫁候補同士の静かな蹴落とし合いが始まっている。

 様々なレパートリーの悪口が飛び交っているから、言い合いに関わらずに遠くから聞いている分には面白い。


「あなた、もしかして平民なのではなくて?」


 ボーっと罵り合いを聞いていたら、どこかの令嬢に声をかけられてしまった。

 罵られる前に逃げよう。


「私は王子殿下の嫁だなんて大それたことは考えていません。パーティーで出されるご馳走が目当てです!」


「あらそうだったの。平民には城で出されるご馳走を食べる機会なんて無いものね」


 私がライバルではないと知った令嬢は、私を罵ることはせずに、別の令嬢の元へと向かった。

 他の令嬢を罵り戦意を失わせてホールから退出させることで、ライバルを減らしたいのだろう。


「すごい……って、見惚れている場合じゃなかった」


 私はここへ魔物退治にやって来たのだ。

 ついでに、魔物を召喚した魔術師を倒せたら大成功だ。


 魔術師は用心深い性格なのか、これまでの人生で一度も捕まえられたことがない。

 今回こそは捕まえて、城に魔物を放った理由を聞き出したいところだ。


「すみません。お手洗いをお借りしたいのですが、どこにあるのでしょうか?」


 私がホールの隅に控えていた使用人に声をかけると、使用人は丁寧に私をトイレまで連れて行ってくれた。


 トイレには、すでに複数人の令嬢がいた。

 これなら一人くらいホールに帰ってこなくても、使用人に気付かれないで済みそうだ。


 私は使用人が廊下を曲がって見えなくなったことを確認すると、トイレから出て、廊下に置かれている花瓶の陰に隠れた。

 そしてドレスの中に手を突っ込んで、内ももに括り付けていた杖を取り出した。


「城の中に迎え入れるというのに、ボディチェックが甘くて心配になるわ」


 そのおかげで私も杖を持ち込めたわけだが。


 私は素早く杖を自分に向けて振り、自身に透明化の魔法を掛けた。

 自分では分からないが、今の私は他人の目には映らないはずだ。


「本当は最初からこの魔法を掛けて城に入りたかったけど。制限時間があるのよね、これ」


 強い魔法には大抵、使用の制約か使用後の反動がある。

 透明化の魔法を使う制約は制限時間。

 個人の能力によって制限時間は前後するが、長くても十五分がタイムリミットだ。


「さてと。魔物が出るのはこっちだったわね」


 私は勝手知ったる城内を、悠々と歩き始めた。





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