第8話 レストランの看板娘


【side ジェイミー】


「達者でのう」


「お婆さんもお元気で」




 転移魔法でルーベンを城に送り届けた私は、またすぐに転移魔法で森にある家へと戻った。

 転移魔法の連続使用で立ちくらみがしたため、一旦椅子に座って部屋を眺める。


 小さなキッチンにはルーベンと私の二人分のコップが置かれていた。

 先程までこの部屋にルーベンがいた証拠だ。


 忙しなく情緒の無い別れだったが、これでいい。

 今回の人生では、これ以上ルーベンと関わらない予定だから。

 下手に感動的な別れになると、追加で礼がしたいと言われる恐れもある。


「さて。この家ともお別れね」


 森に結界を張り終わったらさっさと移動しようと思っていたのに、予定よりもずいぶんと長いことこの家に滞在してしまった。


「次の予定まで町でのんびり過ごそうかしら」


 次に聖女の力が必要になるのは、来月の王城。

 どうやったのか王城に忍び込んだ魔術師が、パーティーの最中、王城に魔物を解き放つのだ。


「今回は私もパーティーに潜入する必要があるのよね」


 過去三度の人生では、森から町へやって来た魔物を倒したことで私は聖女として認められ、王宮に招待されていた。

 しかし今回は魔物が出る前に結界を張ったから、私が王宮に呼ばれることはない。

 だから魔物を倒すためには、どうにかして王宮に潜入する必要がある。


「ルーベンを助けたお礼として王宮に招いてもらうことも考えたけど、それだとどう考えてもルーベンと接点が出来ちゃうのよね」


 すでにルーベンを助けたことで接点が出来たと言えなくも無いが、それを回避するために私は老婆に変装して過ごした。

 しかし王城ではそうもいかないだろう。

 変装魔法のような身分を偽る魔法を掛けたまま侵入など出来ないはずだ。


「王城に忍び込んだ魔術師はどうやったんだか。私にも教えてほしいものだわ」


 ルーベンがいたことでなりを潜めていた独り言を呟きながら、荷物をまとめる。

 必要最低限しか物を持っていなかったため、あっという間に荷造りは完了した。


「さようなら、廃墟だった森の家。元気でね」


 家に向かってさよならを言うと、私は森をあとにした。



   *   *   *



 森で採取しておいた薬草を換金すると、しばらくは町で暮らせそうな額になった。

 そのお金で宿賃を払い、町の宿屋に宿泊する。

 この町にいるのも、そう長い期間ではない。

 家を借りるのではなく、宿屋で暮らすくらいで十分だろう。


「とはいえ、せっかく町で暮らすんだから、可愛い服も買いたいし、美味しいお菓子も食べたいわよね!」


 そのためには。

 私は持っている中で一番マシな服に着替えると、部屋を出た。

 念のため髪の色を銀から茶色に変えることも忘れずに。


 そして町を歩き、探していたものを見つけると、すぐに店に入った。


「すみませーん、表に貼ってある従業員募集の紙、あれってまだ募集してますかー?」


 この町で、働いてお金を稼ごう!






【side ルーベン】


 俺が城に戻ると、城内は大騒ぎになった。

 誰もが俺は死んだものだと思っていたらしい。


 すぐに国王に事の顛末を報告し、暗殺の首謀者である弟は国外追放となった。

 なお実行犯である弟の手下たちは処刑された。


 そして騒ぎが落ち着いた頃、老婆もといあの女を王城に呼び寄せようと部下たちを森に派遣した。

 しかし。


「誰もいなかった? どういうことだ!?」


「それが……誰かが住んでいた形跡のある家はあったのですが、もぬけの殻でした。老婆も女もおらず、住人の私物らしきものもありませんでした。住んでいた者はすでに立ち去った後かと思います」


「なぜ……」


 女があの家から立ち去る必要がどこにある。

 俺がいた間、誰かが家を訪ねてくる様子は無かった。

 女も誰かの訪問に怯えている様子は無かった。


 つまり女は追われているわけではなく、森で悠々自適な暮らしをしていたということだ。

 それならば森から移動する理由は無いはずだ。


「女の身元調査はどうなっている」


「どうやら何の届けも出さず、勝手にあの森に住んでいたようです。平民の間ではよくあることでして……」


「近隣住民の証言は?」


「森から近い家に住む町民たちも、森に女が住んでいることは知らなかったみたいです。どうやら王子の探している女は、完全に森の中で自給自足していたらしく町には行っていなかったようで……」


 あの森で長年、自給自足など出来るのだろうか。


 姿さえ老婆に変えていた女のことだ。

 ずっと森で暮らしているという発言も嘘かもしれない。


 そこまで考えたところで、あの家で食したスープの味を思い出した。

 あのスープには、森では手に入らない調味料が使われていたのだ。


「嘘確定、か」


 あの女は、何もかもを嘘で隠している。

 一体、なぜ。


「……パーティーに出たいようだったな」


 唯一、嘘をついていないであろうこと。

 ハッキリと明言はしなかったが、女はパーティーに参加する意志があるようだった。

 それならば。


「来月のパーティーは面白い催しにしようと思う」


「面白い催し、ですか」


「そうだ。これまでになく話題のパーティーになるはずだ」





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