第5話 魔法使いとの出会い
次の日、目が覚めて、顔を洗うと何もやることがなくなったので、ひたすら、ぼーっとしていた。
あまりに暇すぎて、この世界って娯楽とかないのかな、と考える。昨日の話を聞くに、魔道具というのを使った娯楽とかありそうなものだが。
リリスは、魔道具を自分で作っていると言ったようなことを言っていたし、次に食事を持ってきてもらったときにでも、時間が潰せる娯楽はないか聞いてみようと、心に決める。
それにしても寒い。日本で言ったら、真冬くらいの季節感だ。空気がツンと張り詰めているのが分る。ふと、窓の外を見てみたが、どうやら雪は降っていないようだ。
何か暖を取れるものはないかと、部屋を見渡してみると、暖房は当然のようにないが、暖炉のようなものが置いてあった。ベッドから身を起こして、スタスタとそちらの方に歩いて行く。
中を見ると、火をおこすための薪が存在していなかった。その代わり、暖炉の中から紐のようなものが一本飛び出していた。ぱっと見、暖炉だと思ったが、これもこの世界特有のものなのだろうか。
結局、火の付け方が分らないまま、寒くなってきたので、ベッドの中に戻った。
それから、しばらくして部屋の扉がノックされた。そのノックの音に返事を返す。おそらくリリスが朝食を持ってきてくれたのだろう。
しかし、予想に反して、部屋へと入ってきたのは、綺麗な長い黒髪で、透き通るような白い肌をしている、つり目がちな顔をした少女であった。というか、この少女こそ、俺がこの世界ではじめて遭遇し、命をかけて助けた少女その人である。
相変わらず、綺麗である。リリスも相当に綺麗ではあったが、リリスには表情というものがまるで存在しなかった。それを思うと、表情がある分、この少女の方が可愛らしく見える。
「はい、朝食持ってきたわよ。怪我の具合はどう?まだ痛む?」
そう言いながら、彼女は朝食を俺に渡して、ベッドの脇の椅子に腰掛けた。
「ありがとう。怪我は、大分治ってきてると思う。動くと痛いけど、じっとしてる分には問題ないし。」
「そう、良かったわね。」
それから彼女は少し言い辛そうに口ごもるが、すぐに意を決したように口を開いた。
「…助けてくれてありがと。それと、怪我させて悪かったわね。」
「別に気にしなくて良いよ。俺が勝手にやったことだからさ。」
「それでも助けてもらった事実は変わらないじゃない。」
あっけらかんとそう言ったかと思えば、今度はため息をつきながら言った。
「…あー、それにしても、なんであの時の私、幻想鳥獣ごときに殺されそうになってたのよ。自分で自分が恥ずかしいわ…。」
彼女は頭を抱えながら、自分に向かって文句を言っていた。どうやら、彼女にとってあの歪な姿をした生物は、取るに足らない存在のようだ。だからこそ、あの日の失態が許せないのだろう。
「まあ、俺が言うのもなんだけどさ、君も俺も生きてるんだから、結果的には良かっただろ?」
「結果だけ見ればね。だけど、それに甘えて反省しなかったら一生前に進めないじゃない。自分の失敗も経験として噛み締めないと強くなれないから。」
そう言う彼女の目はとても真剣なものだった。彼女の元来の性質として妥協を許すタイプではないのだろう。
「じゃあ、朝食も届けたし、お礼も言えたから、私は帰るわね。」
椅子から立ち上がりかけた彼女を、俺は手で制しながら言った。
「そういえば、まだ君の名前を知らないんだけど…。」
「そういえば言ってなかったわね。私の名前はユキよ。リリスのやつから聞いてなかった?」
「…言ってたような気もする。でも、こういうのって直接本人から聞きたいだろ?」
そう、せっかくだから本人の口から言ってもらうことで、自己紹介という親しくなるための通過儀礼をこなすことができるように感じるのだ。
それにしてもユキか…。自然、あの雪の降る景色に一つの絵画と思わせるほど綺麗に溶け込んでいた彼女の姿が思い起こされる。それを思うと、とても似合っている名前だと思えた。
「そういうものかしらね。それで、あんたの名前は?」
「俺の名前は、翔だ。」
「カケルね。うん、覚えたわ。」
そうやって自己紹介が終わったものの、まだ下がらない俺の手を見て、ユキは怪訝そうな顔をした。
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