第3話 現実とは大きく異なる世界

「正直に言うと、君の話は信じられないというのが本音かな。ただ、君が嘘をついてるわけでもないというのが、私には分ってしまうだけに、より困惑させられるな。」


「とりあえず、俺から伝えられることは以上だ。これ以外の質問には答えられない。」


「結局、どこから来たのかも、どうやって来たのかも分らず終いか。ニホン何ていう国は、私には聞き覚えがないからね。」


 やはり、日本が伝わらないか。そうなると、ここは日本から相当に離れた国なのだろうか。ただ、世界でも割と有名な日本が伝わらないとなると、辺境の島国といったことも考えられる。そんなことがあるのかは分らないが、島国の中だけで完結した閉じた世界であれば、日本を知らなかったとしても無理はない。

 

 しかし、そうなると別の疑問も浮かんでくる。ここが日本でもなく、リリスが日本を知らないというのならば、どうして日本語が通じているのだろうか。何も分ってないのに、また一つ疑問が増えてしまった。


「次はこっちから質問して良いか?あの歪な生物は一体何なんだ?」


「歪な生物というと、ユキが始末していた幻想鳥獣のことかな。これについてはあまり踏み込まない方が良い。危険で複雑な事情を孕んでいるからだ。」


 リリスは口にバッテンを作りながらそう言った。コミカルな動作と、ピクリとも動かない表情が妙にアンバランスだった。


「そうか。じゃあ、そいつを撃退していた、クリスタルの爆弾は何なんだ?この国の人間はみんな、あんな物騒な爆弾を持っているのか?」


「あれは、魔道具の一種だよ。私が手ずから作り上げた物だ。中々良いできだったろう。もっとも、あの魔道具は、魔法使いにしか使えないがね。」


 急に、聞きなじみの無い単語が複数個出てきた。魔道具に魔法使い。この国特有の、神聖なものや位の高い人物を指し示す言葉だろうか。


「そうなると、彼女は魔法使いということになるのか。魔法使いというのがどんな役割を持つ人なのか教えてもらっても良いか?」


 もし、魔法使いが高位の人物を指し示す言葉なら、魔法使いと呼ばれる彼女が日本と国交を結んでいるとかで日本に帰れる目途がたつかもしれない。


「…こればかりは本当に驚いたな。この世界で魔法使いを知らない人間がいるとは。」


 そう言うリリスは、全く驚いた風には見えない。依然、無表情だが、両手を挙げてリアクションだけはしっかりととっている。


「魔法使いというのは、この世界に未だに五人しか観測されていない特別な人物のことだ。十年前に、突然始まりの魔法使いが現れたのが起源となる。魔法使いはその言葉の通りに、普通では考えられない超常の力を有している。その力は魔法使いごとに異なるものとされている。そんな魔法使いは現在この世界の憧れの的であり、皆が目指す目標でもある。ちなみに、魔道具というのは魔法使いでなくても専門の才能と知識があれば作成することができる、誰でも使える簡単な魔法と言ったところかな。」


 リリスは、まるで辞典に書いてあることを、そのまま声に出して読み上げたかのように、つらつらと簡潔に魔法使いと魔道具に関して説明してくれた。


 しかし、この説明の通りであるなら魔法使いというのは人物の位に用いられる名称ではなく、正真正銘、誰もが想像する魔法使いではないか。そんな馬鹿な話はあり得るのか。


 頭が混乱する。あの日家の扉を開いてからというもの、異常事態に遭遇しすぎている。


 扉からの瞬間移動。


 現実にはあり得ない姿形をした生物。


 魔法使いにの存在。


 これは果たして現実なのだろうか。今なお脇腹は痛みを訴えかけているし、リリスの話によれば三日間眠り続けていたという話なので、現実だと思い込んでいたのだが、よくできた夢なのではないだろうか。


 しかし、腹も減るし、喉も渇く上に、痛みで気を失ったりする夢は、最早現実と言っても過言ではないだろう。一向に覚める気配もないし、この世界で死んだら、そのまま本当に死んでしまいました、となりかねない。


 どちらにせよ、俺は受け入れなくてはならない。現状、いつもの日常生活に戻る方法がなく、この世界で生きていくしかないということを。


 だから、今は生きることが最優先だ。分らないことは、この世界で暮らす内に、分るようになっていくだろう。そうすれば、いつか元の生活に戻る方法も見つかるかもしれない。


 そんな風に分らないことだらけの現実とは折り合いをつけて、最も重要なことだけを考えることにした。

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