第2話 屋敷の主人に自己紹介
それからしばらくして、先ほどの少女がスープとパンを持って部屋に戻ってきた。
「下手に動き回らなかったみたいだね。忠告を聞き入れてもらえたようで嬉しいよ。ほら、これが君の分の食事だ。」
スープとパンがのったトレイを手渡されたので、ありがたくいただく。スープはとても良い匂いがしていて、空腹なのも手伝って、遠慮も警戒もなく食べ始めた。
温かいスープは知らず冷えていた体を妙に温めてくれた。味は、基本的に野菜の味がして、あっさりながらも美味しい味付けになっていた。
食事は三分程度で終わった。そもそも量があまり多くなかった上に、空腹だったからだ。俺が、スープの最後の一口を喉に流し込むと、それを待っていたかのように、彼女は喋りはじめた。
「食事は君の口に合ったかな?美味しいと思ってもらえたら幸いなのだが。」
「ああ、ありがとう。とても美味しかったよ。」
「そうか、それは良かったよ。せっかくなら美味しい食事を食べてもらいたいからね。」
こちらを気遣ったような優しい言葉を向けてくれるが、やはり彼女の顔はいっそ不気味なほどに無表情だった。
「さて、食事も終わったことだし、君の話を聞かせてもらっても良いかな?」
「もちろん、説明できる範囲で質問には答えるつもりだが、正直、状況がほとんど何も分ってないんだ。できれば、こっちの質問にも答えてもらいたいんだが大丈夫か?」
「もちろん、大丈夫だとも。より深い理解には相互の意見の擦り合わせが重要になってくるからね。必要なことはなんでも聞いてくれて構わない。こちらも説明できる範囲で答えよう。」
幸いにも、こちらの提案を呑んでもらえた。あの日家を出てから、分らないこと続きなので、話が聞ける人間というのはとてもありがたい存在だった。
「まずは、自己紹介からかな。私の名前は、リリスだ。君の名前は?」
「俺の名前は、翔だよ。」
「カケル君か、うん、実に良い名前じゃないか。」
リリスという名前からして、ここは日本ではないのだろうか。それとも、外国人を両親に持っているだけで、日本に住んでいるのか。日本語が通じていることから、後者の可能性が高いように思われるが、彼女が博識で日本語をマスターしているという可能性もある。
「では、まずはこちらから質問させてもらっても良いかな?君は何の目的があってここにやってきたんだい?」
「目的って言われても、正直自分が何でこんな場所にいるのか分らないんだ。逆にここがどこだか聞いても良いか?」
「…冗談を言っているというわけでは無いようだね。その質問にお答えすると、ここは私リリスが所有している屋敷ということになる。町では魔女屋敷といった風に呼ばれているが。」
ここはお屋敷なのか。道理で、妙に部屋が広いわけだ。しかし、このリリスの説明では、ここが何ていう国で何ていう町なのかが分らない。そのため、それについて再度質問を投げる。
「教えてくれたところで悪いんだけど、ここが何ていう国で何ていう町なのかを教えてもらっても良いか?」
「君も妙なことを聞くな。ここは、ヒビラギ王国で、シリュウの町の外れだが。」
ヒビラギ王国という国名に心当たりが全くない。全ての国を丸暗記している訳ではないので、聞いたことのない国名であっても不思議ではないが、どうやら少なくともここは日本ではないらしい。
一体何が起こったら、家の扉からこのヒビラギ王国とやらにつながるのだろう。
「ありがとう。どうやら俺は、想像以上に何も分っていないみたいだ。質問されてもほとんど答えられないだろうから、俺の方から現状を説明しても大丈夫か?」
「どうやら、その方が良いみたいだね。とりあえず、君に任せるとするよ。」
そう言って、リリスはこちらから説明することを許可してくれた。
俺は、元々日本という国にいて、気づいたらここに居たということ。真っ暗な雪景色の中であてもなく歩いていたら、少女を見つけたこと。その少女を助けたと思ったら、自分自身が怪我をしてしまったということを、上手くかいつまんで説明した。
リリスは、それを静かに聞き終わると、無表情のまま大きくため息をついた。
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