第9話 サプライズ
「ただいま」
「おかえり〜!今日はお鍋にするから、紡が食べたくなった時はいつでも言ってね!もうあとは火をつけるだけだから!」
「わかった、ありがとう姉さん」
いつもなら、ここですぐにでも姉さんの作ってくれた鍋を姉さんと一緒に食べるところだが、今日の俺には姉さんにサプライズをするという目的があるため、先にそっちを優先することにした。
姉さんと一緒にリビングに来た俺は、学生鞄を置いて姉さんに言う。
「姉さん、今時間あったらそこのソファに座ってもらえる?」
「え?うん、良いよ?」
姉さんは何をされるのかはわかっていない様子だが、一応俺の言った通りにソファに座ってくれた。
俺はその姉さんの後ろに回って、手を姉さんの肩に置いて、日頃の感謝を伝える意味で肩揉みを始めた。
「つ、紡!?」
あまりにもいきなりのことで、姉さんはとても驚いている。
だが、俺は肩揉みを続けながら言った。
「普段姉さんにはお世話になってるから、少しでも姉さんに感謝を伝えれればと思ったんだ」
「いつも紡はちゃんと『ありがとう』って言ってくれるから、私はそれだけでも十分だよ?」
「俺がそれだけじゃ嫌だったんだ……姉さんにはその『ありがとう』の言葉以上に感謝してるから」
「っ〜!紡〜!ありがと〜!!」
姉さんはソファに座りながら、俺のお腹あたりに抱きつくようにして大声でそう言った……ありがと、か。
感謝を伝えたいのは俺の方なのに。
でも……姉さんらしい。
「って、姉さん!こっち向かれてたら肩揉めない」
「私はこうしてても幸せだよ?」
「……姉さんがそれで良いなら」
「えっ……!?……私、もっと紡としたい幸せなこといっぱい────」
「そろそろ鍋を食べたくなってきた」
「え、え〜!!」
姉さんには申し訳ないが、このままだと俺は今日姉さんのやりたい放題にされそうだったため、一度中断しておくことにした。
姉さんのことだから、最終的には一緒にお風呂に入るとか言い出しかねない……それに────サプライズはまだ終わっていない。
不満そうにしながらも、姉さんは俺に抱きつくのをやめてソファから立ち上がると、鍋に火を入れた。
やがて鍋に火が通ると、姉さんは火を止めてその鍋を机の上に持ってきた。
俺たちはその机の前の椅子に対面になるように座る。
「紡?今お鍋は熱いから、ちゃんと冷ましてから食べるんだよ?」
「うん」
俺は早速野菜を一つ取ると、それを自分の口────では無く、姉さんの口元に差し出した。
「紡……?どうしたの?」
困惑している姉さんに、俺は多少の恥ずかしさを押さえながら言う。
「この前、姉さんが俺にこうやって魚を食べさせてくれたから……サプライズって呼んで良いのかはわからないけど、お返し」
「嘘……!え!?紡が私にあ〜んしてくれるってこと!?」
「……そう」
表現がとても恥ずかしいが、その通りなため俺は肯定するしか無かった。
「嬉しい〜!」
そう言うと、姉さんは俺が差し出した野菜を食べた。
「っ〜!紡から食べさせてもらうと、いつもの倍以上美味しく感じるよ!」
「姉さんが喜んでくれたなら良かった」
その後も何度か俺が姉さんにご飯を食べさせてあげていると、姉さんも俺に食べさせたいということで、互いが交互に互いにご飯を食べさせてあげるという不思議な状況となっていた。
そんな不思議な状況も交えつつ、鍋を食べ終えた後、姉さんが言った。
「紡、今日のサプライズすっごく嬉しかったよ!ありがとね!!」
「俺は日頃の感謝を伝えたかっただけだから、でもさっきも言ったけど、姉さんが喜んでくれたならそれが本当に一番……波澄にもお礼を言わないと」
「え、すみれちゃん?」
「うん、俺だけじゃ姉さんにどうサプライズして良いのかわからなかったから、波澄に案をもらったんだ」
「そうなんだ……でも!私は紡がしてくれることならどんなことだって嬉しいから、それだけは忘れないでね」
「ありがとう、姉さん」
俺がそう伝えると、姉さんは一度笑ってから姉さんは何かを諦めたような表情で小さく呟いた。
「やっぱり……紡しか居ないよ」
「え?」
「ううん、なんでもないよ!お風呂沸かすから、紡は着替えの準備とかしててね!」
「わかった」
さっき姉さんが何を言ったのかは聞き取れなかったが、とりあえず今日のサプライズで姉さんが喜んでくれたなら、それ以上のことは無い。
明日にでも、このサプライズの結果を波澄にも報告しよう。
そんなことを考えながら、俺は姉さんに言われた通りに着替えの準備をすることにした。
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