第7話 兄弟の絆

「ただいま」

「おかえり!紡!」


 放課後になったので家に帰ると、今日も姉さんが出迎えてくれた。

 相変わらずの綺麗な笑顔だ。


「もうご飯できてるから、リビングで一緒に食べる?」

「そうするよ」


 俺は学生鞄と上着をソファに置いて、姉さんと一緒にご飯を食べることにした……白ごはんに魚に味噌汁、今日のご飯は和食みたいだ。

 俺が早速白ごはんを食べていると、姉さんが自分の魚を切り分けて、それを俺の口元に差し出してきた。


「紡、あ〜ん」

「姉さん……!?い、いきなり何!?」

「紡お魚好きでしょ?だからあげようと思って」

「魚は確かに好きだし、くれるのも嬉しいけど、くれるならお皿の上に置いてくれるだけで良い」

「……


 その言葉を聞いた途端、俺は固まってしまった。

 波澄と俺があ〜ん……?

 昼休みのことか……?

 そういえばあの時姉さんが廊下を歩いていたような……?

 色々と考えた結果、とりあえず俺が波澄にハート型のにんじんを食べさせてもらったところを姉さんに目撃されたという結論に至った……そういうことなら話は早い。


「姉さん、俺と波澄は、友情の証としてあんなことをしただけて、その食べ方自体に意味を持たせてたわけじゃないんだ」

「男の子と女の子であ〜んってしてるのに、それが本当に友情だけなの?少しは別の感情もあるんじゃない?」

「別……?よくわからないけど、本当に友情の証としてなんだ」


 俺がそう言うと、姉さんは俺の言っていることを納得してくれたのか一度頷いてくれた……そして「でも」と前置きして続ける。


「友情の証であ〜んってするなら、私と紡は兄弟の絆ってことであ〜んってしようよ、前はよく食べさせてあげてたし、恥ずかしがることでもないよね?」

「前って、そんなのかなり昔の話……だけど、姉さんがそうしたいなら、兄弟の絆ってことで良いよ」

「……うん」


 姉さんは、何故か少し落ち込んだ様子でそう返事をして、俺の口元に魚を近づけてきた……俺は少し出てくる恥ずかしさを押さえて、それを口に含────もうとした時、姉さんは俺に差し出していた魚を自分の口元に近づけて、口に入れるとよく噛んでから喉に通した。


「え……?姉さん?」


 食べさせてくれるという話だったのに、どうしたんだろう。


「やっぱりダメ……兄弟の絆、はまだ受け入れられない」


 受け入れられない……?

 姉さんが何を言っているのか、俺は本当に理解が追いつかなかった。


「自分で言うのもなんだけど……俺と姉さんは、結構仲の良い兄弟だと思うんだ、だから兄弟の絆っていうのは俺たちには合ってると思うんだけど……姉さんは、仲が良いとは思ってない?」

「思ってる……思ってるよ、だからダメなの、思い過ぎてるから、ダメなの……ダメだってわかってるのに、思うことをやめられない……ねぇ、紡……思っちゃいけないことを思った時はどうしたら良いと思う?思っちゃいけない、望みを持っちゃった時は……」

「思ったらいけない望みっていうのがあんまり思いつかないけど……その望みが実現するまで、望み続けたら良いと思うよ」

「それが、絶対に実現しない望みだったら?」

「それでも、望み続けたら……いつか、今の自分では想像もできないようなことが起きて、それが実現できるかも」

「……紡らしい、優しい意見だね」


 姉さんは、優しい表情を俺に向けてそう言った。

 ……姉さんが何に悩んで、何を望んでいるのかは俺にはわからない。

 でも、その望みが実現して欲しいと思っている。

 話が一度落ち着くと、姉さんはいつもの調子で慌てたように言った。


「わ、私お姉ちゃんなのに、紡にみっともないところ見せちゃった!」

「みっともないこと無いよ、姉さんはいつだって、俺の自慢の姉さんだから」

「紡……!……紡は、何かお姉ちゃんに相談無い?なんでも言って!」

「今は思いつかない……けど、本当に何かに困ったときは姉さんに相談するから、その時はお願い」

「うん!いつでも良いからね!……兄弟の絆っていうのは一回忘れて、純粋に私のお魚紡に食べさせてあげよっか?」

「何も理由が無いのにこの年でそんなことするのは……」


 俺がそう言って否定しようとするも、姉さんは俺の口元に魚を差し出してきた……十秒ほどそうしていると、その美味しそうな匂いのせいで我慢できなくなり、俺は姉さんから差し出された魚を口にした。


「食べた〜!美味しい?」

「……美味しいけど」

「その顔、拗ねてるの?ごめんね!ほら、もっとお魚あげるから!」


 そう言って、姉さんはまたも魚を差し出してきた。

 ……俺は二度も「あ〜ん」と呼ばれる行為をすることには抵抗があったから、どうにか堪え────ようとしたが、やはりその匂いに負けて差し出された魚を食べてしまった。

 その後、姉さんが「まだ食べたい?もっとあげるよ?」といった具合に何度も魚を食べさせてきたから、姉さんの分の魚を半分ほどと自分の分の魚を一つ食べるという結果となり、終始姉さんは俺のことを見て楽しそうな顔をしていた。

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