第6話 友情の証
金曜日の昼休み。
昼休みと言えば学校に居る間でご飯を食べられるたった一つの機会で、午前中なんかはそのことで頭がいっぱいな生徒も少なくないと思っている。
俺も日によるが、今日は昼食を食べたいと思う日だったため、姉さんの作ってくれたお弁当箱を取り出してそれを自分の机の上に置く。
「繋義、今日お昼一緒に食べない?」
「……え?」
そう言ってもうどこかへ行っていた俺の隣の席の人の椅子に座ったのは、波澄だった……友達にご飯に誘われて「……え?」という反応をするのはおかしいと感じるかもしれないが、俺が驚いてしまったのは波澄から昼食を誘われるということ、そして波澄と昼食を食べることすら初めてだったからだ。
「今日はいつもの友達は良いのか?」
波澄は、いつも昼休み以外は基本的に俺と過ごしているが、昼休みだけは同性の友好関係を気にしてオシャレな女子グループで一緒にご飯を食べていた。
だからこその驚き。
だからこその疑問。
「うん、あっちはあっちで楽しいんだけど、やっぱり繋義と居る方が楽しいかなって思って……それに、私たちまだご飯一緒に食べたことなかったじゃん?」
「それはそうだけど……」
「……私と食べるのが嫌だったら食べなくていいよ、私は……一回ぐらい、繋義と一緒にご飯食べてみたいって思っただけだから」
嫌というわけではなく、いきなりのことに困惑していただけだったが、そんなことを言われてしまったら困惑している暇なんてない。
「わかった、今日は一緒に食べよう」
「うん」
俺と波澄は、同時にお弁当箱の蓋を開けて、お箸を手に持った。
その場には、とても良い香りが一瞬で蔓延した。
「繋義、そのお弁当自分で作ってるの?」
「まさか……このお弁当は、姉さんが作ってくれてるんだ」
「……お姉さん、美人で優しくて、ご飯まで作れちゃうんだ」
「姉さんのことは、俺も胸を張って自慢の姉さんだって言える」
普段ずっとお世話になってるし、今度サプライズでも仕掛けてみようか……姉さんの喜ぶ顔を想像するだけで、俺も嬉しくなる。
「……私じゃ全然勝てそうにないね」
「勝つ?」
「私、繋義のお姉さんみたいに美人じゃないし、優しくないし……お姉さんと違って、全然自分の気持ち素直に表現できない」
波澄は呆れのような、諦めのようなものを含ませてそう言った。
「よくわからないけど、姉さんは姉さんで波澄は波澄だ、姉さんには姉さんの、波澄には波澄の魅力があると思う」
「……私の魅力?」
「たとえば、波澄の言ったことなら、波澄は十分かわ────容姿が整ってると思うし、そのお弁当を見ればわかるけど料理だって上手だ、性格は不器用なだけで本当は優しいことは話してればわかる」
俺がそう伝えると、波澄はしばらく沈黙した。
何かを諭すなんて偉そうなことを言うつもりは欠片ほどもないが、それでも友達として波澄のことを客観的に伝えることができた……それで少しでも、波澄の悩みが解決されれば幸いだと思っている。
波澄はそのしばらくの沈黙の後、口を開いた。
「……変なの、今まで仲の良かった友達とか、家族にすら自分の弱音なんて吐いたこと無かったのに、繋義の前では弱音吐いちゃった」
波澄は、自分への呆れと同時に、どこか嬉しそうにそう言った。
「それで少しでも波澄が元気になるなら、いくらでも吐いてくれて良い」
「ありがとね、繋義……それと、後一つだけいい?」
「あぁ」
俺はどんなことを言われても、それで友達の……波澄の助けになることができるならと身構え────
「なんでかわいいって言おうとした時容姿が整ってるって言い直したの?あれだけはどう考えてもありえなくない?」
「……え?そんなことか……?それより、もっと何か他に無いのか?」
「無いよ」
「え!?」
「……嘘、あるよ」
そう言うと、波澄は自分のお弁当箱の中からハート型に切り取った小さなにんじんをお箸で挟んで、それを俺に差し出してきた。
「このにんじん、結構切るの苦労したからお礼にあげる」
「良いのか……?」
「うん……食べて」
そして、俺は波澄から差し出されたハート型のにんじんを、そのまま口に含んだ……にんじんは少し柔らかくて、甘味が出ていた。
「美味しい?」
「美味しい、ありがとう」
「欲しくなったらいつでも言ってくれて良いから……ハート型の、にんじん」
そう言うと、波澄は何故かその後しばらく俺から顔を逸らして昼食を食べ始めた……客観的に見ればいわゆる「あ〜ん」というものと同じ動きをしていたが、今のは友情の証という受け取り方で問題無いだろう。
「……ん?」
今一瞬、そこの廊下を姉さんが歩いていたような気がする……けど、よくよく考えたら同じ学校だし、そんなこともあるか。
俺は特に気にしないことにして、その後波澄と一緒に昼食を食べ────数時間後、放課後がやって来た。
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