第5話 羨望の眼差し

「紡!起きて!」

「……姉さん?」


 俺は姉さんに起こされて、ゆっくりと目を開ける。

 別にいつも姉さんに起こされているわけじゃないが、姉さんは時々こうして俺のことを起こしてくれる。


「もうご飯できそうだから、今日は起こしに来たの」

「あぁ、ありがとう……それはそれとして」


 今から言うことは、姉さんが起こしてくれる時にはいつも言っていることだが、俺は現状を客観的に捉えながら姉さんに言う。


「いつも言ってるけど、どうしていつも俺のことを起こす時にそうやって俺に覆い被さってるの?」


 おかげさまで顔は近いし、体……特に胸元なんかは今にも密着しそうなほどの距離感だ。

 血の繋がった姉さんに劣情を抱くことは無いにしても、この起こし方はいつも気にかかる。


「このくらい近づかないと、紡起きてくれないから」

「じゃあ俺の耳元で喋ってくれれば良いだけで、別に体ごと覆い被さる必要は無いと思う」

「それはほら、弟の寝顔を見たい姉心?」


 姉心とは大きく括ったな……でも、実際のところは姉さんがそうしたいだけということだろう。


「とにかく、ちゃんと起きてすぐご飯食べに来てね?」

「わかったよ」


 俺がそう返事をすると、姉さんは俺に「待ってるからね!」と元気よく言って部屋を出て行った。

 その後、姉さんと一緒にご飯を食べ終えて、姉さんと一緒に登校してる時、俺は姉さんに伝え忘れていたことを伝えた。


「昨日の話の続きだけど、今日の休み時間、時間があったら俺のクラスの教室に来てほしい、波澄もちゃんと挨拶したいって言ってた」

「そうなの!?じゃあ一限目の休み時間からすぐ行くよ!」


 ということで、学校に着くとあっという間に一限目の授業が終わり、姉さんが俺たちの教室に入ってきて、俺のところまで来た。

 姉さんはその容姿のせいか、とても視線を集めている。


「学校で紡と会えること滅多に無かったから学校で会えて嬉しいね〜!紡、一限目の授業ちゃんとわかった?わからないところがあったら、なんでもお姉ちゃんに────」


 姉さんは畳み掛けるように話していたが、俺の隣に居る波澄を見てその言葉を止めた。

 波澄はそんな姉さんの様子を気にした様子もなく、挨拶をする。


「繋義のお姉さん、昨日ぶりです」

「昨日は色々と慌ててるところ見せちゃってごめんね、今日はすみれちゃんのことを紹介してもらうのと同時に、お礼を言いたかったの……紡がいつもお世話になってるみたいで、ありがとね」

「とんでも無いです、私の方が、繋義に、その……とにかく、気にしなくて良いので」


 波澄は何かを言いかけ、それを言おうかどうかを悩んだ末に言わないことを選んだようだ……が、一瞬波澄の耳が赤くなっているような気がした。


「紡にこんな可愛い女の子の友達が居るって知って、昨日は本当に驚いたよ」

「お姉さんも、めっちゃ美人で驚きました」

「え、私美人なの?本当に!?照れちゃうね〜」


 兄弟だからということで、俺は姉さんに拭おうにも拭えない先入観を持っているが、この先入観を取り払って見るなら姉さんは確かにとても美人だ。


「紡は?どう?私のこと美人だと思う?」

「どうしてわざわざ俺に!?」

「紡が私のことどう思ってるかも知りたいの!どうなの?」

「それは、その……美人、だとは思うけど」

「ほ、本当に!?つ、紡私のこと美人って思ってるの!?」

「姉さん……!声大きい……!」


 だが、姉さんは俺の声なんて聞こえていないのか、一人でぶつぶつと呟きながら顔を赤くしている。

 今後は、少なくとも教室の中で姉さんと話をするのは念のためにやめておくとしよう。


「私もあんな感じで、繋義と……お姉さん、羨ましいな……」


 波澄も何かを呟いたようだが、姉さんの呟いている声で、波澄が何を呟いたのかは聞き取ることができなかった。


「────気づいたらもうこんな時間!二限目始まっちゃうから、私そろそろ教室戻るね、紡と、すみれちゃんも!またね」

「……はい、また」

「またね、姉さん」


 姉さんは俺たちに手を振ると、背を向けて歩き出した。


「……繋義のお姉さん、マジで美人じゃん」

「そうかも」

「かもっていうか、そうでしょ、繋義とは全然似てないけどね」

「悪かったな、俺が姉さんみたいに容姿が整ってなくて」

「そんなこと誰も言ってないじゃん、私は繋義もかっこいいと思うよ」

「え……!?」

「そういう反応はキモいかも」

「は……!?」

「冗談だって、気にしなくて良いから」

「待て、冗談ってどこまでが冗談なんだ?」

「冗談は冗談だって」

「だからどこまでが────」


 俺たちがそんなやり取りをしている時、一瞬姉さんからの視線を見て姉さんが歩き出した方を見てみたが、姉さんはもう教室を後にしていた……気のせいか。


「私もあんな感じで、紡と……すみれちゃん、羨ましいな……」


 そして、すぐに二限目の授業が始まったので、俺は二限目の授業を受けた。

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