第三十話 孤児院との別れ
ガストンはレイが頷いたことに、ほっとしたような、それでいて苦しそうな、何とも複雑そうな顔をしながらも、ニコリと笑う。
「ありがとうございます。では、早速行きましょう。実は、大分待たせてしまっていてね。早く行かなくてはならないんだよ。皆への報告は、後日お願いするよ」
「分かりました」
レイはガストンの言葉に素直に頷くと、ガストンと共に応接室へと向かう。
その時、ガストンは心が締め付けられるような思いに陥っていた。
(こんないい子を、差し出すなんて心が痛みますね……ですが、私は守らなければならないのです。例え、レイ君を見捨ててでも――)
ガストンは己が信念を強く持つことで、心を安定させると、応接室の扉をコンコンと叩いた後、ゆっくりと開く。
「ガータン様。レイを連れてきました」
そう言って、ガストンは2歩部屋に入ったところで深く頭を下げる。
(ぼ、僕も頭を下げた方がいいのかな……?)
咄嗟にそう思い、レイも遅れて深く頭を下げる。
一方、その様子をソファに座って見ていたガータンはふっと笑うと口を開く。
「君がレイか。私はガータン・ノーマン。ノーマン商会の商会長をやっている。では、帰るとしよう。見送りは不要だ。ルイス、クリントン、そしてレイ。ついてこい」
そう言って、ガータンは立ち上がると、応接室を後にする。そして、そのすぐ後ろを護衛のルイス、クリントンが続く。
「で、では。お世話になりました」
レイはそう言ってガストンに頭を下げると、少し遅れてガータンの後を雛鳥のように追いかけた。
そして、そのまま建物の外を出ると、皆と遊んだ広場を抜け、孤児院の外へ――出る。
「凄い……」
孤児院を出たレイが最初に目にしたのは、伯爵位相当の人が主に乗る高級馬車だった。
黒を基調としたその車体に、金色の装飾。美術品としても一級品だが、形だけでなく性能もまた一級品。
これが、ノーマン商会が開発した最新式の馬車なのだ。
「さて、ルイスは馬車周りの護衛を。クリントンとレイは私と共に馬車に乗れ」
そう言って、ガータンは馬車に乗り込む。
(こ、この中に入れるの……!)
貴族でもないと乗れなさそうな高級馬車に乗れることに、レイは内心興奮していた。
だが、その興奮に身を任せていてはガータンを待たせてしまうと思い、レイはクリントンに続いて、足早に馬車へと乗り込む。
馬車の内部も黒を基調としており、落ち着いた雰囲気が漂っている。
「レイ。お前は私の前の席に座れ」
すると、ガータンは自身と対面する席を指差し、そう言う。因みに、クリントンはガータンの隣の席にすでに座っていた。
「分かりました」
レイはより礼儀正しく頷くと、ガータンと対面する席に腰を下ろす。
そして頭を下げ、「こんな素晴らしい馬車に乗せてくれて、ありがとうございます」と、礼を言う。
ガータンはそんなレイを、一瞬哀れな子羊を見るかのような目で見つめてから、笑顔を貼り付ける。
「これくらい普通だ。まあ、今後経験することは絶対にないだろうし、今の内に我が商会最高傑作の馬車を存分に堪能するといい」
「分かりました」
聞く人が聞けば違和感のある言葉に、レイは疑うことなく頷くと、椅子の乗り心地や、窓の外を流れゆく景色を思う存分堪能するのであった。
◇ ◇ ◇
その日の夜。子供たちが寝静まった頃――
パチン!
そんな乾いた音と共に、どさりとガストンが床に尻をつけて崩れ落ちる。
「おい。お前が何をしたのか、俺は知ってるぞ……」
憤怒に満ちた表情で、ザクはガストンを見下ろす。そこに普段の明るい雰囲気はなく、まるで地獄に住まう閻魔のようだ。
だが、そんなザクの殺気とも呼べる憤怒のオーラを、ガストンは下から顔色を一切変えずに受ける。
そして、長い沈黙の時が流れた後、ガストンは重い口を開いた。
「私のしたことは、責められて当然です。あなたの怒りはいくらでも受けましょう。ですが、子供たちだけには、伝えないでください。もし、伝えると言うのなら――」
そこで、ガストンの雰囲気が、歴戦の戦士のそれに変わる。
「あなたも躊躇いなく切り捨てます」
「なっ!?」
ガストンの変わりように、ザクは思わず怯む。非力な老人だと思っていたガストンが、今では自分よりも格上の戦士に見えたからだ。
唖然とするザクに、ガストンは口を開く。
「私は幼い時、孤児院にいました。ですが、その孤児院は経済破綻を起こし、消えてしまいました。そうして路頭に迷うこととなった43人の孤児。その内、5年後まで生きていたのは――私だけでした」
哀愁漂うガストンの言葉に、ザクは息を呑む。
ガストンは話を続ける。
「それから色々あって、新しく設立された孤児院の院長になった私は決意しました。絶対に、孤児院を――身寄りのない子供たちの居場所を守ると。今日は、ここにいる34人の子供たちと、今後ここへ来る子供たちの居場所を守るために、レイ君を犠牲にした。それだけのことです」
そう言うと、ガストンはもう語ることは無いと言わんばかりに口を固く閉ざす。
ザクも、ガストンがもう語ることはないと察し、くるりと背を向ける。
そして一言。
「もし、レイを助けられる機会が来たら、俺は通りすがりの冒険者として助けに行く。そして――俺がレイの親代わりになる」
そう言い残して、ザクは去っていった。
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