第二十九話 大切なお客さん
「ふぅ……勝てて良かった」
レイは安心したように息を吐く。
もし、少しでもミスをしていれば、結果は変わっていただろう。
そう、自身を持って言えるほど、今回の戦いも拮抗していた。
「……ん?」
ふと、視線を感じて、レイは右に視線を向ける。
すると、そこには遠くからレイたちのことを観察する3人の姿があった。
2人は腰に剣をさし、ミスリル製の防具を身に着けた、いかにも強そうな男。そして、その間にはやや小太りで、高そうな服を着こなす1人の男が立っていた。
(もしかして、あの人たちがガストンさんの言っていた大切なお客さんなのかな?)
そう思い、レイはハリスに問いかける。
「ハリス。あそこにいる人たちが、もしかしてガストンさんが言ってたお客さん?」
レイの言葉を聞き、ハリスははっとなると、恐る恐る横を見る。
「……ああ、そうだな。まあ、俺たちの普段の様子を見ているだけだろうから、気にしないでおこう」
あいつとはもう二度と関わりたくはない。
ハリスは最後に誰にも聞こえない声でそう呟くと、木剣の柄を握りしめる。
「それじゃ、エリー。やるか。審判はレイに任せるよ」
「うん。分かった。任せて」
レイは頷くと、2人の間に立つ。そして、3歩後ろに下がった。
「では……始めっ!」
「やあっ!」
「はっ!」
レイが合図した直後、2人は同時に動き、衝突した。
◇ ◇ ◇
模擬戦をする子供たちを視察し終えた小太りの男――ガータンは、後方で控えるガストンに声をかける。
「部屋へ案内しろ。話をしたい」
「かしこまりました」
威圧感が微かに籠るガータンの言葉に、ガストンは深く頭を下げて頷くと、くるりと背を向け、歩き出す。
そして、ガストンはそのままガータンとその護衛2人を応接室まで連れて行った。
応接室は孤児院のどの部屋よりも整っており、ガストンが特に気を使って整理していたことが見て取れる。
「このような場所で申し訳ございません。どうか、ご容赦ください」
そう言って、ガストンは再度頭を下げようとするが、それをガータンは手で制す。
「よい。ここの財政状況を見れば、これでも大分無理をしているということぐらい分かる。出来ないことをしろと言うつもりはないからな」
そう言って、ガータンはソファにどっかりと座る。そして、そのソファの後ろに2人の護衛が立ち、鋭い眼光でガストンを見つめる。
そして、ガストンも遅れてガータンと対面するようにソファに座ると口を開く。
「それで、本日はどのようなご用件でしょうか?」
機嫌を窺うように、ガストンはガータンにそう問いかける。
「ああ。今日は知り合いの魔法研究者の為に光属性の魔法師を1人引き取りたいのだ。運よく1人いるらしいではないか」
そう言って、ガータンはにやりと笑う。
一方、ガストンは変わらず平然とした雰囲気を出してはいるが、内心穏やかではない。
この孤児院で、光属性魔法が使える人は1人しかいない。
そう。レイだ。
(なるほど。レイ君をそのように使うと……)
その魔法研究者が、レイをどのように使うかなど、ガストンには容易く予想が出来る。孤児院の――身寄りのない人間をわざわざ選んでいる時点で明らかだ。
きっと奴隷のように扱うことだろう。
いや、もしかしたら本当に奴隷にするのかもしれない。
それでも――
「なるほど。レイ君のことですか。分かりました。引き取り書を出しましょう」
そう言って、ガストンは立ち上がる――が、ガータンに「いらん」と言われ、ガストンは再びソファに腰を下ろす。
「レイがここにいた証拠となるような書類は消しておけ。私の言う意味は――分かるよな?」
ガータンの眼光が鋭く光り、ガストンを威圧する。
ガストンは力なく頷くと、ただ一言、「分かりました」と言った。
「よし。では、早速連れてこい」
「……かしこまりました。少々お待ちください。ガータン様に引き取られることを”勧めて”まいります」
ガストンはそう言って立ち上がると、頭を下げ、この場を後にした。
「……すみませんね」
重い足取りで1人廊下を歩くガストンは、ポツリと呟く。その短い言葉にはどこか、重みがあった。
そして、外に出たガストンは、休憩をするレイを呼び出すと、誰もいない総合教室へと連れて行く。
(どうしたんだろう……?)
レイはニコニコと笑うガストンの心の内にある暗い感情を感じながら、何故自分をここに連れてきたのだろうかと疑問に思う。
すると、ガストンが意を決したように口を開いた。
「実は、あなたを引き取りたいと言う方が現れました」
「引き取り……たい?」
どういうことなのだろうか。
いきなり言われた言葉に、レイは戸惑う。
ガストンは話を続ける。
「ここは孤児院。働き手が欲しいと思う人が偶に子供を引き取りたいと言いに来ることがあるのですよ。それで、今回レイ君が選ばれたと言う訳です。そして、レイ君を引き取りたいと言っているのは、先ほど私が言った大切なお客様、ダートン商会長です」
「そうなんですか……で、でも。僕はもっと皆とここにいたい……」
ガストンの言うことは理解できる。だが、ここから去るのは嫌だ。
そう思ったレイは、ガストンにそう意見する。
すると、ガストンは少しだけ声音を強くして、言葉を紡ぐ。
「ダートン商会長はリベリアルに住まわれているので、毎日のようにここへ来られますよ。それに、あの方はお金持ちなので、冒険者になる手助けもここより充実していることでしょう。それにあの方は、この孤児院に多額の寄付金を送ってくださっている、親切な方なのです。もし、あの方がいなければ、ここは経営破綻に陥っていたことでしょう。ですので、あの方の願いは叶えてあげたいのです」
まくしたてるように、ガストンはレイを言いくるめようとする。
一方レイは、ガストンの言葉に、思考を巡らせる。
(そうなんだ。いい人なんだ……しかも、いつでもここに来られる。それに、ここで僕が頷かないと、ガストンさんが困っちゃうみたい……)
ガストンの言葉を全面的に信じたレイが、少し考えた末に出した答えは――
「分かりました。ダートンさんの所に行きます」
そう言って、レイはガストンの提案に頷いた。
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