第二十八話 1か月後――
レイが孤児院に入ってから1か月ほどの時が流れた。
この頃になると、レイもすっかり孤児院に馴染んでおり、これがレイにとっての日常になりつつあった。
だがそれでも、心の傷はそう簡単には癒えない。今でも、夜な夜なあの事件を思い出し、人知れず涙を流しているのだから――
パン パン
「え~皆さん。話を聞いてください」
朝食を終え、雑談に花を咲かせていた子供たちに、ガストンは手をパンパンと叩いて注目を自身に集める。
「本日は大切なお客様が来られます。この孤児院に多額の寄付金を送ってくださっているノーマン商会のガータン商会長です。ですので、本日は特に行儀よく過ごしてくださいね。失礼があってはいけませんから」
ニコニコと、念を押すようにガストンは言葉を綴る。だが、そこには微かな恐れの気持ちもあった。
一方、子供たちはガストンの表面的な笑顔のみを受け取り、元気よく「分かりました!」と頷く。
「ええ。お願いしますね。では、自由時間にしてください」
ガストンはそう言って言葉を締める。
直後、子供たちは一斉に動き出した。数人を残し、ほとんどの人が外へと向かう。レイも外に行く子供の1人だ。
外に出たレイは、いつものように左側の積まれた岩の所へ走る。そして、ぴょんっと跳ね、上へと登ると、そこに腰を下ろした。
そんなレイの下に、バルト、ハリス、エリー、サイラス――そんないつも遊んでいるレイの”友達”が次々と集まってくる。
「おいしょっと。にしても、まさかノーマン商会のお偉いさんが来るなんて、珍しいこともあるもんだな」
バルトはよっこらせと岩の上に座ると、意外そうにそう言う。
「バルト。ノーマン商会って何?」
レイはバルトにそう問いかける。
だが、バルトは「何か有名な店」というひどく曖昧な答えを返した。すると、そこにハリスが補足を入れる。
「ノーマン商会は、ここリベリアルに本店を構える大商会だ。で、そこの四代目商会長がガータン……様というわけだ。名声目的でこの孤児院に寄付をしているというのは聞いていたが、あいつ本人が直々に来るなんて、珍しいこともあるもんだな。……なんか嫌な予感がする」
ハリスの最後の言葉で、途端に不安に駆られるレイ。ハリスは基本まじめで、冗談は言わない質だ。
もし、これを言ったのがバルトだったら、不吉なことを言うなよと笑って流せたのだろうが……
「おいおい。不吉なこと言うんじゃねーよ。お前が言ったら冗談って流せねぇじゃねーかよ」
バルトは頭を乱暴に掻きながら、悪態をつくようにそう言う。
「……まあ、ガータン商会長の人となりは知らんから、もしかしたら、本当にただ視察に来るだけかもしれないがな」
「はぁ。まあ、来たら分かるだろ? ただ、少なくとも俺たちのことを侮蔑するような人ではないと思う。そう言う人だったら、そもそもこんなところに来たがらないからな」
サイラスは軽く息を吐くと、呆れたようにそう言う。サイラスからしてみれば、ハリスは深読みしすぎているとしか思えない。大商会の長が、わざわざここまで来て、人を害しようとするはずがない。そんな事すれば、バレた時にノーマン商会の名に傷がつくだけだ。
「皆難しいこと考えないで、さっさと遊ぼうよ~」
「ああ。難しいことは分かんないや」
ノーマン商会の訪問理由について議論する4人に、話の輪から外れてしまったエリーたちが文句を言う。
その言葉に、ハリスは「ああ、すまん」と軽く謝ると、他の皆に向かって「じゃ、遊ぼうか」と言う。
「ああ、だな。考えるなんて俺らしくねぇ。さっさとやろうぜ、鬼ごっこをな!」
「えー今日は別のをやらなーい? ほら、レイも別のをやりたいでしょ?」
「いや、俺は……鬼ごっこがいい」
同意を求めるエリーに、レイは本音という名の非情な言葉をぶつける。
そして、レイの言葉に、周りの子供たちは大笑いをするのであった。
◇ ◇ ◇
自由時間が終わったレイは、同じ4組の皆と共に建物の横へと向かう。
そして、倉庫から杖と木剣を取り出すと、早速基礎練習を始める。レイは魔法と剣術の両方をやっている分、必然的に他の人よりも練習時間が多くなってしまうからだ。
「はっ はっ はっ」
ザクからの適切なアドバイスを受けたことでより洗練された剣筋で、レイは木剣を振り続ける。
そして、素振り200回を終えると、額の汗を拭う間もなく杖を構えると、詠唱を紡ぐ。
「魔力よ。光の矢となりて敵を穿て。
直後、杖先に光り輝く矢が1本生み出されたかと思えば、天へと向かって発射され、数メートル飛んだ後にふっと消滅する。
「魔力よ。輝く光となりて辺りを照らせ。
すると、今度は杖先に光り輝く球体が現れる。レイが動けと念じれば、思い通りにゆらゆらと動き、これもまたふっと消滅する。
レイはこれを50回繰り返し、基礎練習を終わらせると、今度は模擬戦へと移る。
「おし。ここであったが100年目。今日こそ勝つ!」
出会ってまだ1か月しか経っていないレイに、バルトはビシッと杖先を向けると、そう宣言する。
現在のバルト対レイの戦歴は……驚異の0対164。
たった1か月でそんなに沢山戦ったことに驚くべきか、それだけ戦って1度も負けたことが無いレイに驚くべきか……いや、両方だろう。
別に、バルトは弱くない。むしろ、バルトは惜しい所までいっているし、攻撃が当たったこともたくさんある。だが、それ以上にレイが二重三重に張り巡らせた罠が強いのだ。
バルトが攻撃を避けたかと思えば、まるでそれを予想していましたとばかりに魔法が飛んでくる。その魔法を避けても、それすらも予想してたかのように脛を蹴られる。
これはレイがリックに勝つための研究によって培われたものがいい方向に傾いた結果なのだろう。
「うん。分かった。今日も勝たせてもらうよ」
バルトに負けたことが無いとは言え、バルトには全力で戦わないと勝てない相手であることをレイは重々わかっている。
そのため、1か月が経った今日でも、レイの顔に慢心は見られない。
「よし。じゃあ、やるよ。……始めっ!」
ハリスの合図で、バルトとの模擬戦が始まる。
「魔力よ。渦巻け。
短縮詠唱により発動された初級風属性魔法、
たかが風、されど風。
バルトがこのような手を使ってくることを、レイは想定していなかった。
もし、1か月前なら対処法を考えるのに時間がかかっただろうが、戦闘中に立ち回りを考えるということを少しずつだが学んできている今なら、直ぐに対処に動くことが出来る。
「魔力よ。光の防壁となりて我を守れ。
詠唱を紡ぎ、完全詠唱で
「魔力よ。4本の光の――」
そこまで言ったところで、レイが渦巻く風の中に入る。だが、
一方、
「魔力よ。
そして、短縮詠唱で
「――敵を穿て。
直後、レイは
「ぐああああっ!」
完全詠唱による
「はい。この勝負、レイの勝ち」
ハリスが勝負が決したことを宣言し、レイ対バルトの模擬戦が幕を閉じた。
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