第二十二話 食事の時間

 陽光が真上から差し込み始めた頃、鍛錬が終わり、皆は再び総合教室に戻ってきていた。

 総合教室にはガストンと数人のエプロンをつけた壮年の女が居て、その前には大きな鍋と積まれた木製のお椀が置かれている。

 その鍋からは肉と野菜のいい香りが漂い、皆の鼻孔を刺激する。


(……すっごくお腹が空いてきた)


 レイは思わずグルルと鳴る腹を擦る。

 すると、全員集まったところでガストンが口を開いた。


「みんな集まりましたね。それじゃあ、お昼ご飯にしましょう。みんな一列に並んで。横入りしたら後ろに回すからね」


 その直後、みんな一斉に立ち上がり、鍋の前に列を作っていく。

 レイも一拍遅れて遅れて立ち上がると、その列の後ろの方に並んだ。


「はい、どうぞ。はい、どうぞ」


 笑顔でお椀を持つ子供が前から来るたびに、列はどんどん短くなっていく。そして、とうとうレイの番になった。


「はい、どうぞ」


 壮年の女は大きな鍋の中から肉と野菜がたっぷりと入ったスープを、これまた大きなおたまですくい上げると、少し大きめのお椀に入れ、木製のスプーンと共にレイに手渡す。


「ありがとうございます!」


 レイは元気よく礼を言って受け取ると、零さないようにゆっくりと歩きながら席に戻る。


(沢山動いてお腹減ったし、早く食べたいな~)


 席に戻ったレイは、スープを眺めながら、食べる時を待ち遠しく思う。

 ただ、この量で足りるのだろうか?

 お世辞にも、このスープの量は食べ盛りな子供たちにとって、充分な量とは言えない。精々腹七分といったところだろう。

 だが、それは仕方のない話だ。

 ここは一部の金持ちや国からの給付金で何とか運営できている孤児院。30人もの子供を飢えさせることなく、教育まで施しているのは偏にガストンの天才的な手腕のお陰なのだろう。

 その後、全員がお椀とスプーンを受け取り、席に着いたところでガストンが口を開いた。


「それでは皆さん。命の恵みに感謝して、いただきます」


「「「「「いただきます!」」」」」


 皆一斉に手を合わせ、命の恵みに感謝をすると、早速スープに手を付ける。

 レイも、手早くスプーンを手に取ると、スープをすくい、口に運ぶ。


「もぐもぐ……うん。美味しい」


 肉の旨味が凝縮された温かいスープ。口の中で溶けるように柔らかい肉。スープの味がしっかりと染み込んだ野菜。

 これらが、疲労の溜まったレイの身体を癒していく。

 レイは思わず頬を綻ばせながら、スープを2口3口とどんどん口に運ぶ。


「なあ、レイ。レイって今までどこで暮らしてたの?」


 すると、唐突に左隣の席に座る少年――サイラスに声をかけられる。

 そんなサイラスの質問に、周りの子供たちも興味を示し、レイの答えを期待の眼差しを向けながら待つ。


「カナリア村……だね」


 レイはズキンと心が痛むのを感じながらもそう答える。

 外面上は平気そうでも、心の傷はまだ癒えていないのだ。いや、まだではなく、もう一生癒えないのかもしれない。

 だが、そんな心の傷を知らない彼らは、その話題で話を進める。


「カナリア村……? 聞いたこと無いな……」


「あ、俺知ってるぞ」


 右隣りに座るハリスはどこだろうかと首を傾げるが、そこにサイラスが言葉を被せる。

 そして、自分が知るカナリア村のことを皆に自慢するように話す。


「カナリア村はかーちゃんと一緒に行ったことがあるんだ。ま、一度だけだがな。結構豊かでいい感じの村だった気が済んだけど……何かあったのかな?」


 サイラスの何気ない言葉がレイの心に響く。

 何かあったのかなんて、思い出すだけでも嫌になる。

 もう、カナリア村のことは話さないで。

 そう言おうにも、言葉が出ない。

 すると、横に座るハリスがレイの心の変化を感じ取り、はっとなる。


(レイ。お前も何か過酷な目にあったというのか……)


 今のレイの瞳は、3年前にハリスがこの孤児院に来た時と同じような瞳をしていたのだ。

 酷く暗くて、悲しい目。

 ハリスは居ても立っても居られなくなり、衝動に押されるがまま口を開いた。


「いきなり色々と聞きすぎたせいで、レイが混乱しちゃってるよ。レイのことは、これから少しずつ聞いて行こうよ」


 ハリスは普段よりも少し大きな声でそう言う。

 サイラスはハリスの言葉に「ああ、確かにそうだな」と納得すると、レイに「また話そうぜ」と言って話を切る。

 一方レイは、話が終わったことでまるで安堵したかのように息を吐く。

 そんなレイを見て、ハリスはほっと息をつく。


(やれやれ。また無意識に同族を探しやがって……あいつはまだマシな理由だから、気づかないんだよな)


 サイラスは母親を病気で失って、頼れる人がいなくなったからここに来たという、悲しい理由ではあるが、言ってしまえばありきたり。

 ここにいる子供たちも大半はそのような理由で親を亡くし、他に頼れる人がいないから孤児院に来た……という感じだ。

 故にサイラスはここで自分と同じ境遇の人――仲間を見つけたことで、その悲しみを乗り越えたのだ。

 だが、そうではない人もいる。ハリスもその1人だ。

 ハリスが孤児院に来た経緯は、レイと同じ……いや、それ以上と言っても過言ではないぐらい酷いものだった。


(ちっ 久々に思い出しちまった……)


 ハリスは心の中で悪態をつくと、やけ酒のようにゴクリとスープを飲んだ。

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