第二十話 ハリスvsレイ

「あ~いててっ これ中々威力あるな。完全詠唱の風強化エア・ブースト使ってたから、短縮詠唱の初級魔法なら受けられると思って突っ込んだんだが、まさかあの状況で完全詠唱するなんて……あそこをああしたら勝ててたのに」


 バルトは悔しさを滲ませながら、ああしたら良かったのにと後悔する。


「ふふっ やっぱりレイの勝ちだね」


 エリーは嬉しそうにバルトの顔を覗き込むと、若干の煽り口調でそう言う。

 すると、バルトの顔がより一層険しくなった。


「うるせぇ。てか、お前も負けたんだから人のこと言えねぇだろ?」


「それはそれ。これはこれってね」


 不機嫌そうにエリーを睨みつけるバルトに、エリーはあっけらかんと言う。

 この2人、いきなり喧嘩しだしたから、最初は仲が悪いのかと思ってたけど、意外とそうではなさそうだ。

 ふと、ここでレイの頭に”喧嘩するほど仲がいい”という言葉が浮かび上がる。昔、リックが言った言葉だ。

 すると、そこにハリスが割って入る。


「はいはい。喧嘩はそこまでにしとけ。次は俺がやるから、リックが審判してくれ」


「あ~はいはい。分かった分かった。流石に負けるんじゃねぇぞ」


「ああ。負けるつもりはない」


 バルトの言葉に、ハリスは不敵な笑みを浮かべ、頷く。

 そして、くるりとレイの方に振り返ると、口を開いた。


「最後は俺が相手だ。さっきまでのようにいくとは思わないことだな」


 そう言って、ハリスは木剣を構える。その瞬間、この空間がピリッしたような感覚に陥った。

 どうやら本当に、さっきまでのようにはいかなさそうだ。

 レイは直感で、そう判断する。


「分かった。でも、絶対に負けない」


 エリーとバルトに勝ったからか、普段よりも少し自信を持ちながらそう言うと、杖を置き、再び木剣を手に取る。そして、いつものように構えた。


(相手は格上の剣士。なら、いつものように――)


「……ふぅ」


 レイは息をつき、心を落ち着かせる。


「よし。それじゃあ、両者準備はいいな? よし。じゃあ行くぞ。始め!」


 質問から、間髪入れずに始めさせるという奇行にレイは思わずぎょっとする。だが、直ぐに切り替えると、即座に地を蹴り、右サイドからバルトに突っ込む。


「おっと。やはり最初に来るか」


 さっきまでとは打って変わって冷淡な口調でそう言うと共に、ハリスは自身の木剣を間に滑り込ませることによって、レイの木剣を防ぐ。


「はっ!」


 レイは想定内とばかりに即座に後ろへ跳んで間合いの外に出ると、今度は逆サイドから近づき、斬り込む。


「速いな。迷いがないからか……」


 だが、ハリスは当然のことのようにレイの木剣を受け止める。


「はあっ!……!?」


 再び後ろに下がろうとしたが、それを行動に移すよりも前にハリスが木剣を密着させたまま、レイに急接近する。そして、ほぼゼロ距離からの蹴りが左足の脛に入った。


「ぐっ」


 痛みで思わず顔を歪める。だが、別に身悶えるほどの痛みではない。これくらいなら、普通に戦える。

 レイはそう己を鼓舞しながら、木剣を下から上へと振り上げる。


「はっ!」


 だが、想定外の行動だった故に狙いを誤り、レイの木剣は後ろへと下がるハリスから右にずれた空間を斬る。

 そして、それにより生まれた致命的な隙をハリスが見逃すはずもなく、ハリスは1歩前へ出ると、木剣をレイの右肩に振り下ろした。


「ぐあっ!」


 右肩に激痛が走り、レイはその場で右膝をついて倒れる。


「よし。ハリスの勝ちだなこりゃ」


 こうして、レイ対ハリスの戦いは、ハリスの勝ちで終わった。


「くぅ~……いった……」


 右膝をつくレイは、木剣が当たった右肩を手で抑えながら、苦痛で顔を歪める。

 流石にこれは痛い。じんじんとくる痛みが今も残り続けている。

 だが、ぺらりと襟首を引っ張って右肩を確認しても、肌に傷跡は見られない。


(これが身代わりの護符の効果なのか。思ってた以上に凄いな……)


 身代わりの護符の効果に、レイは思わず息を呑んだ。

 すると、木剣を肩に担いでいるハリスがレイに近づく。


「結構強くやったからな。怪我してないってことは分かるが……まあ、取りあえず立ちな」


 ハリスはそう言うと、そっと左手をレイに差し伸べる。


「うん。ありがとう」


 レイはハリスの気遣いに感謝をすると、右手で持つ木剣を杖代わりにしつつ、左手でハリスの手を掴み、立ち上がる。


 パチパチパチ――


 すると、近くから力強い拍手の音が聞こえて来た。

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