第十四話 孤児院に着く

 5日後――

 レイの身体は完治していた。

 その証拠に、ジャンプしたり、腕をグルグルと回してみるが、痛みは一切感じない。

 強いて言うなら少し体が怠く感じるが、これはずっとベッドで寝ていたことで、全く身体を動かしていなかったからだろう。

 そうしてレイは自身の身体の調子が万全であることを示すと、横に立つアレクに視線を移す。

 レイはこれからアレクに連れられ、孤児院へ行くことになっているのだ。


「レイ君。行くよ。はぐれないように気をつけろよ」


「うん。分かった」


 レイは頷くと、アレクと共に衛兵の詰所を出る。そして、前方に伸びる、街を東西に分けるように造られた大通りを歩き始める。


「……にぎやかだなぁ。人が沢山いる」


 レイは行き交う人々の波を眺めながら感嘆の息を漏らす。

 カナリア村がこれぐらいにぎやかになるのは、年に数回ある祭りの時ぐらいだろう。

 レイは人の波に流されないようにアレクと手を繋いで歩き続ける。

 そして、10分ほどで大通りから少し外れた場所にある目的地、孤児院に辿り着いた。

 孤児院の敷地は石の塀で囲まれており、その中央に少し年季の入った石造りの建物がある。

 敷地には広場があり、レイと同じか、レイより小さい子供たちが遊んでいる。


「あ! 誰か来たよ」


「もしかして新しい子かな?」


 孤児院の敷地内に入ったレイを、広場で遊ぶ子供たちは興味深そうに見つめる。

 だが、レイは彼らの視線を受け、少し萎縮したように縮こまる。


(何か落ち着かない……)


 別に不快ではない。だが、視線が気になって落ち着けない。

 そんな視線を浴び続け、レイは思わずアレクの腰にくっつく。

 アレクはいきなりくっつかれたことに目を見開くも、直ぐに事情を察すると、レイの頭に手を伸ばす。


「はははっ みんなレイ君のことが気になっているだけだ。1日2日経てば、こういう視線は来なくなる」


 アレクはレイの頭をポンポンと撫でながら、レイの気持ちを笑い飛ばすように言う。

 そんなアレクの言葉で、心なしかレイの心に余裕が生まれるのだった。

 前方にある孤児院の前まで歩くと、そこには1人の男がいた。

 控えめに髭を生やし、少し薄くなった白髪の老人で、好々爺という言葉がぴったりと当てはまる。

 すると、アレクが畏まったように姿勢を正し、口を開く。


「ガストン院長。先週こちらで保護した子供を連れてきました」


「ああ、待ってたよ。わざわざ連れてきて貰って悪いね」


 ほっほっほと穏やかに老人――ガストンは笑う。

 そして、アレクが連れる少年、レイに視線を移すと、優しく声をかける。


「私の名前はガストン。君の名前は?」


「僕の名前はレイです」


 ガストンの問いに、レイはそう答える。

 すると、ガストンはニコリと笑い、口を開く。


「レイ君というのか。よろしく。それじゃあ、取りあえず孤児院の中に入ろうか」


「分かりました。あと……」


 ガストンの言葉に頷くと、レイは孤児院の中に入る前にアレクの方を向いた。

 そして、頭を下げる。


「アレクさん。1週間、ありがとうございました」


 1週間、毎日食事を届けてくれたり、色々と街について教えてくれたアレクに、レイは感謝の意を示す。

 面と向かって礼を言われ、アレクは気恥ずかしそうに頭を掻きながら視線を横にそらす。


「あ~気にすんな気にすんな。それじゃ、また会おうな」


 そして、やや早口でそう言うと、レイに背を向け、歩き出した。


「分かりました」


 その背に向かって、レイは再び頭を下げた。

 そして、クルリと背を向けると、ガストンに連れられ、レイは孤児院の中に入った。

 そこには玄関、廊下があり、いくつかの扉も見える。

 奥には階段があり、そこから2階3階へと続いているようだ。

 レイは靴を履いたまま玄関を抜け、廊下を少し歩き、1階にある小さめの部屋に案内される。

 部屋の中は執務室のような内装になっており、机や本棚、対面式のソファが置かれていた。


「それじゃあ、そこのソファに座ってくれ」


 ガストンに促され、レイはソファに座る。そして、後に続いてガストンもレイと対面するようにソファに座った。


(何か……ちょっと緊張する……)


 傍から見れば、お偉いさんとの面談のような光景。

 レイは緊張で高鳴る心臓の鼓動を感じながら、大きく息を吐く。


「ああ、そう緊張することはない。色々と質問するだけだ」


 レイの心情を察したのか、ガストンはそう言って、レイを落ち着かせようとする。

 緊張するなと言われて即座に緊張がほぐれるわけではない。だがそれでも、そう言ってもらえるだけましなのか、少しだけレイの緊張がほぐれる。

 そして、レイがもう話せる状態であると感じたのか、ガストンが質問を始めた。


「それじゃ、色々と質問するよ。答えたくないことがあったら、遠慮なく答えたくないと言ってほしい。まず、レイ君は魔法に適性があるのかい? あるのであれば、何属性なのかも言って欲しいな」


「はい。光属性に適性があります」


 1つ目の質問に、レイは迷わずそう答える。


「おお! 光属性か。そりゃ凄い。では次に、君は将来どんな職業に就きたいと思っている?」


 ガストンは驚いたようにそう言うと、次の質問をする。


「僕は……今は冒険者になりたいと思っています」


 レイは一瞬、思案してからそう答える。

 狩人として暮らしていく未来が絶たれた今、レイが興味のある仕事は冒険者ぐらいしかないのだ。

 レイの答えに、ガストンはなるほどと頷く。


「確かに、回復、結界魔法が使える光属性魔法の使い手なら、引く手数多だろうね。では最後に、今レイ君は何を1番望んでいるのかい?」


「それは……」


 ガストンの最後の問いに、レイは言葉を詰まらせてしまった。

 と言うのも、レイが今1番望んでいるのは、カナリア村で今まで通り暮らすことだ。

 だが、それはもうどうやったって叶わない。

 そんな絶対に叶わぬ願いを言う気にはなれないし、そもそもあの悲劇をこれ以上思い出したくない。

 故に――


「……すみません。答えたくないです」


 そう言って、レイは答えないという選択肢を取った。

 ガストンはそんなレイを見て、複雑そうな顔をすると、口を開く。


「そうかい。まあ、無理に答える必要はないからね。では、レイ君から聞いたことを元に、レイ君の仮予定を作るから、そのつもりで」


「分かりました」


 どうやらレイに聞いたことを元に、ガストンがレイの仮予定を作るようだ。

 ガストンはソファから立ち上がると、おもむろに部屋の壁に掛けられた魔力式時計に視線を向ける。

 その時計は2本の針で今の時刻を示しており、現在は10時を僅かに過ぎた頃のようだ。


「ああ、そろそろ外遊びの時間が終わるね。それじゃあ、レイ君はここで待っててくれ。私はみんなを呼びに行ってくるから」


 ガストンはそう言うと、レイを残して部屋から出ていった。

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