第十三話 リックの目覚め
リック視点
レイが目覚める少し前のこと――
「……うっ……」
目を覚ました俺は暫くの間、ぼんやりと天井を眺める。
ん? 天井……?
俺が倒れた場所は森の中のはずなのだが、何で天井が見えるんだ?
「ここは……?」
ようやく意識が覚醒してきた俺は上半身を起こした。その際に激痛が走ったが、そこは気合で持ちこたえる。
「それで、俺がいるのは……ベッドか」
肌触りのいい布団に触れながら、俺はそう呟く。
その後、辺りを見回してみると、ここは誰かが普段からよく使っている部屋という事が分かった。ぱっと見だが、生活感が感じられる。誰かがここで暮らしているのだろう。
ベッドの横にある窓から外を覗いてみると、外は周囲一帯森だった。魔物がいつ出て来てもおかしくないな。
「それで、この状況どうするか……」
状況から察するに、恐らく俺は意識を失っている間に、森に住む誰かに助けられて、ここに運ばれたのだろう。
その為、その人と話をしたいのだが、生憎この部屋にはいない。
追い打ちをかけるかの如く、ここから動こうにも、体中が痛いせいで動けない。まだ上級魔法を使った反動が残っているのだ。
だったら、やれることは1つしかない。
「あ、あのー! すみませーん! 誰か居ませんかー?」
俺は声を張り上げて、人を呼ぶ。
すると、この部屋にあるドアの向こう側からバタバタと音がしたかと思えば、勢いよくドアが開き、金色の髪と若草色の瞳を持つ美しい女性が入って来た。
その女性は俺の顔を見て、ほっと胸を撫で下ろす。
「良かった。やっと目を覚ましたのね……」
そう安堵する女性の耳に注目してみると、驚くべきことが分かった。
何とこの女性、耳が長い。つまり、エルフだ。ファンタジーの代名詞とも呼べるエルフなのだ。
そんな感じで勝手に興奮していると、エルフの女性が口を開く。
「取りあえず名前を言うね。私の名前はフェリス。見ての通りエルフ族よ。君の名前は?」
「えっと……俺の名前はリック」
今までに見たことが無いような美女に名前を聞かれたことで、一瞬思考がフリーズしてしまったが、直ぐに正気に戻ると、自分の名前を口にする。
「リック君というのね。それじゃあまず、何で君がここにいるのか教えるね」
フェリスさんはそう言うと、俺が寝ているベッドの淵に座った。そして、僕が意識を失っている間のことを話し始めた。
「2日前、久々にイノシシ系の肉が食べたくなって少し遠出をしたら、偶然地面に横たわっている君を発見したの。魔物に見つかっていたみたいだから、あと少し私が来るの遅かったら、食べられていたでしょうね」
フェリスさんの言葉に、ぞくりと背筋が凍る。
俺、知らず知らずの内に死にかけていたのか。
こ、こえぇ~……
「その後は君を担いでここまで連れてきて、寝かせたというわけ。近くに村があったらそこに行ったのだろうけど、生憎私はあの辺の地理には詳しくなくてね」
「そうなんですか……あ、ありがとうございます。お陰で助かりま……痛っ」
命の恩人であるフェリスさんに礼を言い、頭を下げようとしたが、その瞬間腰に激痛が走り、思わず顔を歪める。2日前と比べるとだいぶ動けるようにはなっているが、それでも関節の可動域はまだまだ狭いようだ。これ以上腰を曲げることは出来ない。
「無理しないで。今は安静にしてなさい」
フェリスさんは俺の背中を優しく支えると、そっとベッドに寝かせてくれた。
ここで頬を赤らめてしまう俺は不謹慎だろうか……いや、これは不可抗力故仕方なし!
「寝たままでも話せるでしょ? それで、どうして君はあんな所で倒れていたの?」
「それは……俺はあの近くにあるカナリア村で暮らしていたのですが、夜中に盗賊の襲撃を受けてしまって……何とか村から脱出することは出来たのですが、上級魔法を使った反動で動けなくなり、そのまま倒れてしまったんです……」
俺はフェリスさんに何故あそこで倒れていたのかを説明する。
フェリスさんは俺の言葉を聞くと、目を見開いて驚いた。
「そんなことがあったなんて……村は大丈夫かしら?」
「それは……もう、無理だと思います。村には完全に攻め入られていたし、大量の死体も見たので……」
村で見かけた人の死を思い出し、無意識の内に暗い顔になっていく。そして、襲撃者――盗賊どもへの怒りが湧き上がってくる。
だが、家族が死んでいる可能性が高いのに、そのことについては全く心が動かないのだ。
まあ、無理もないか。
前世の記憶がある俺は、長く付き添った前世の親を今でも”親”だと思い、逆に今世の親は”ただの知り合い”だと思ってしまっている。
知り合いの生死が不明と言われても、俺はそこまで動揺しない。何せ、前世の職場では年に数回、社畜仲間という名の知り合いが失踪するのだ。もう、慣れている。
ただ……レイは別だな。
あいつは”友達”だ。
だから、あいつのことはかなり心配している。村にいた誰よりも、生きていて欲しいと願っているのだ。
「本当にごめんね。辛いことを思い出させてしまって……」
フェリスさんは申し訳なさそうにそう言うと、慰めとばかりに俺の頭を優しく撫でる。
「いえ、気にしないでください。ただ……これからどうしよう……」
恐らく村は完全に滅んでおり、そこへ帰ることは出来ない。そして、生きていくためには働かなくてはならないのだが、今の俺が最も稼げる職は、やはり冒険者だろう。
最初の内は犯罪者に怯えながら野宿するしかないだろうが、上手くいけば10日程で安宿に入ることが出来るだろう。後はそこからどんどん稼げば、なり上がれる。
……と言いたいところなのだが、これは机上の空論。実際はこうもいかないと思う。
大学までは思い通りの進路で行けたのに、方針を変えたとか何とかで希望する会社の面接に落ち、仕方なく、妥協で入った会社がまさかの超絶ブラック企業で、転職先も超絶ブラックというとんでもない連鎖に入ったことがある俺だからこそ分かる。
あの時は最終的に普通のブラック企業で妥協したが、今世では妥協しない。
必ず冒険者になって、俗にいう”勝ち組”になってみたい。
だから、こんな保険のない、リスキーな行動は取りたくないんだ。
そう思っていると、フェリスさんが驚くべきことを口にする。
「なら、ここで暫く暮らす? 1人立ちできるまでしっかり面倒見てあげる」
「いいんですか? でも、迷惑なんじゃ……」
「そんなこと無いよ。それに、君を見捨てることなんてできないわ」
「ありがとうございます」
フェリスさんのお陰で、今後暫くは普通に生活できそうだ。
いや、フェリスさんマジ神!
もう一生フェリスさんに足を向けて寝られないな。
フェリスさんの美しい顔を眺めながら、俺はそう思った。
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