第十一話 最期の言葉
少し経った頃。
アレクが食事をお盆に乗せて、レイが休む部屋に入って来た。現在の時刻は午後2時。少し遅めの昼食だ。
レイは体の痛みで顔を歪めながらもベッドの後ろの壁に背をつけるようにして上半身を起こすと、おかゆの入った茶碗とスプーンを受け取る。両手をちゃんと動かせるのは、不幸中の幸いだ。もし、両手も動かないとなれば、俗に言う「あーん」をしてもらわなければならない。
12歳でそれをしてもらうのは、精神的にくるものがある。
そんなことを思いながら、レイはスプーンでおかゆをすくうと、口に運ぶ。
「……おいしい」
頬を綻ばせ、そう呟く。
3日間ずっと寝ていたレイは、当然その間何も食べていない。
そのお陰で、あまり好きではないおかゆを、大好物のようにバクバクと食べることができるのだ。
そうして、一心不乱に食べ続けるレイを見て、アレクはふっと笑う。
「いい食べっぷりだな。まあ、ここ2日間なんも食べてないから、当然といや当然か。あ、おかわりはちゃんと用意してあるから、安心してくれ」
アレクはそう言って、空になった茶碗をレイから受け取ると、部屋の外へ行く。そして、直ぐに茶碗いっぱいにおかゆをよそって戻ってきた。
「ほれ。まだまだあるぞ」
アレクはそう言って、おかゆが入った茶碗をレイに渡す。
さながら食堂のおばちゃんのようだ。
「ありがとうございます」
レイは礼を言うと、再びスプーンでおかゆをすくい、口に入れる。
そうしてどんどんと食べ続け、気が付いた時にはもう5杯目に突入していた。
「お腹いっぱい……」
だが、そこでレイはお腹一杯になり、空の茶碗をアレクに渡す。
そして、お腹いっぱいであることを示すように、腹を擦った。
アレクは、そんなレイを微笑ましそうに見つめる。
「良かったな……さて、俺はそろそろ行かんとな。あ、多分今日中に俺の上司……いや、衛兵隊の隊長がレイ君のもとを訪れるから、そのつもりで」
「分かりました」
アレクの言葉に、レイは頷く。
どうやら今日中に衛兵隊の隊長、つまり、この街で1番偉い衛兵が来るようだ。
村の襲撃に関することだろうか?
もしそれなら、協力できる所は全力で協力しないと。
レイはそう意気込んだ。
「よし。それじゃ、夕飯にまた来るよ……て、ゲイリスさん!?」
レイに背を向け、部屋から出ようと歩き出したアレクが、突然驚きの声を上げた。アレクの突然の声にレイもビクッと驚く。
そして、部屋の入り口に目をやると、そこには1人の男の姿があった。
茶髪茶目。軍服のようなものを着ており、少し厳つそうな壮年の男だ。
「何で俺の顔を見て驚くんだよ……まあ、いい。レイ君の面倒はちゃんと見ているようだな」
男――ゲイリスは呆れたように頭を掻きながら、そう言う。
一方、ゲイリスと対面するアレクは「気配消して近づくのは止めてくださいよ……」と言い、肩をすくめる。
「いや~……まあ、俺はこれでも子供が出来たばっかですからね。意識が高いってやつです。それで、これから話を?」
「ああ。何が起きたのか、話せる範囲で話そうと思う。あと、別に気配を消して、近づいてはいないからな?」
ゲイリスのついでとばかりの言葉に、アレクの頬に冷や汗が垂れる。
「そ、それじゃ! 俺は片づけをしてきます!」
そう言って、アレクは若干逃げるようにして、部屋から出て行った。
ゲイリスは、そんなアレクを見て、またもや呆れたようにため息をつくと、レイのもとまで歩み寄る。
「ふぅ。では、自己紹介をしよう。俺の名前はゲイリス。衛兵隊長だ」
そう言って、ゲイリスは自己紹介をする。その姿には、僅かながらにも威厳が感じ取れる。
流石は衛兵隊を束ねる衛兵隊長。と、言ったところだろう。
そんなゲイリスに、レイは一瞬気圧されながらも、口を開く。
「ぼ、僕の名前はレイです」
そう言って、レイは軽く頭を下げる。
「ああ、よろしく。さて、早速だが本題に入るとしよう」
ゲイリスはニコリと笑うと、近くにあった椅子をベッドの横まで持って来て、そこに座る。
そして、レイに向き直ると、少しの間、どこか迷うような顔をしてから口を開く。
「一昨日から昨日にかけて、俺たちはレイ君の村を調査した。生存者がいないか探しながら、建物の残骸の撤去を行った。だが、全て片付けても生存者は……いなかった。3日経ったのにも関わらず街まで逃げて来た人が君1人しかいないことや、
ゲイリスは、レイに考える隙を与えないように、一気に情報を吐きだす。
こんな情報、レイには伝えない方が親切だと思う者もいるだろう。
だが、もしここで行方不明だと言えばどうなるか。
レイは子供だ。
きっとレイは愚直に、絶対に成功しない捜索を長いこと続けることになるだろう。
そうなるぐらいだったら、ここで全て伝えてしまった方が良い。ゲイリスはそう判断したのだ。
「え……」
そんな情報に、レイは思わず呆然とする。
そして、ゲイリスの言葉を頭の中で反芻し、少しずつその内容を理解していく。
「嘘……だよ……ね?」
当然、そんなこと信じたくはない。
だが、ゲイリスの表情が、その情報が真であることを雄弁に語っていた。
「あ……」
知らず知らずの内に、レイは大粒の涙を流していた。
何もかも奪われて、悲しいという感情すら出てこない。
あるのは絶望。ただ、それだけだ。
一方、そんなレイを見て、ゲイリスは罪悪感に駆られていた。
(くっ これは予想以上だな……)
悲しみ、泣き叫ぶのかとゲイリスは思っていた。
しかし、実際はそんな思いなど通り越し、まるで生きることに絶望しているような雰囲気さえ出している。
こんなことになるのなら、言わない方が良かったと、後悔の念が浮かんでくる。
だが、言わない方が、レイの場合はもっと悲惨なことになるとも思ってしまうのだ。
でも今は、どちらが良かったかを思い悩むよりも、レイに言うべきことを言わなくてはならない。
「……レイ君。弱くて、何も出来ない俺が言えたことではないだろうが……そんな、生きることに絶望したような顔はしないでくれ。レイ君のお父さんとお母さんがどんな人なのか、俺には分からない。だが、3人の子を持つ親として、分かることが1つある」
ゲイリスは苦しそうな、泣きそうな顔をしながらそう言うと、俺の右肩に手を置いた。そして、1拍置いてから口を開く。
「幸せに生きて欲しい。それが、親が子に思うことだ」
その瞬間、レイの頭に、グレイが最期に言った言葉が鮮明に蘇る。
『……幸せに生きてくれ』
グレイの言葉が、反響するように脳内を駆け巡る。
そして、それと共に、グレイとの――皆との思い出も次々と浮かび上がってくる。
(そうだ。僕が、こんな顔しちゃいけない。お父さんは、そんなの望んでない!)
すると、レイの顔が変わっていき――
「う……うわあああん!」
ゲイリスの胸に顔を埋めると、声を上げて泣き叫んだ。
そしてゲイリスは、そんなレイの頭を優しく撫でる。
レイが、落ち着きを取り戻すまで――
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