国内海外旅行
於人
国内海外旅行
随想:国内海外旅行
於人
映画祭の審査員として東山まで足を運んだ時、思わぬ失態を演じたことがあった。その日は確か一日目の審査が終わり、近くの店で夕食を済ませ、帰路につくはずだったのだが、思いのほかバスで降りる先を間違え、急遽京都駅からの終電で下宿に帰ることになったのである。人間は、そう学ぶ生き物でもないらしい。終電も見事に降りる駅を見逃してしまい、気がついたら電車は動かなくなっていた。ついぞ終点まで来てしまったのである。改札口を出て呆然とした。辺りにあったのは、小さな交番が一つと、コンビニエンス・ストアがあるばかりだったからだ。ホテルも宿舎も、山奥にあるものだけで、到底辿り着く術は見当たらない。かくして、今夜の寝床は決まったのだった。寝床とはよく言ったもので、「寝」る「床」と書く。
駅構内のベンチは無機質で冷たく、その「床」を思わせたものだ。次第に駅からは駅員は出払い、職務を真っ当していたのは蛍光灯だけになった。
NYのホームレスたちの中では、駅構内のベンチで寝ることは日常の一部となっているらしい。(最近では深夜運行している列車の座席を寝床にすることの方が多いらしい。これもまたすごく海外的であるように思う)その、海外では至極当然のように見られる日常的なことを、僕は国内の京都という日本の都市で体験することになった。飛行機のチケットを買って海を渡ることもしないで。これは国内に居ながらも海外旅行をしている、そんな逆説的な体験――と言えば少しは理解してもらえるだろうか?
しかし、家がないということは、想像以上に過酷であり、生きた心地がしないものである。深夜の駅というのはやはり、ストーブも、包まるブランケットも、消灯時刻もない。十月二一日。冬はもう、その曲がり角にあった。日課である就寝前の読書も、まともに文字が追えるような時間にはならない。主人公のスーツを着た男がいきなりハンニバルの像使いになってローマ遠征を始めたり、猫がごろごろ鳴いていると、いつの間にか真っ赤なスカーフに興奮する闘牛になっていたりもした。物語の中の全てが、矛盾に満ち、それに突き動かされているかのように見えた。そして程なくして、僕は「床」にショルダーバックを枕にして横たわった。
一時間とまともに寝ることはままならなかった。終日外に開放されたホームから、秋の冷たい夜風が体を撫で、気がつけば寒さで目が覚めている。いっそ近くのコンビニエンス・ストアで軽犯罪か何かを犯して、交番の警官にお世話になった方が、幾分正気を保てるのではないかと感じたりもした。
そうしているうちに始発の時刻がやってきた。僕は駅のプラットホームで、買ってきたドーナッツを齧りながらホット・コーヒーを飲んでいた。なんとか万引きをするに至らなかったのは幸いである。車掌がやってきて、列車の電源を入れた。運転席から客車まで、パッと一気に電気がついて、重たげな起動音が唸りを上げる列車は、電源を入れたときの電化製品のようにも見えた。午前四時のまだ明けない夜の始発列車にも、僕のような乗客がいる。三十代ばかりの車掌は「どうぞ」と昼間とさほど変わらない様子で帽子を取った。
国内海外旅行 於人 @ohito0148
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