伊達の姫⑥

「がーっはっはっは! 何じゃ愛、喜多と喧嘩でもしたか⁉ いつも物静かなお前が珍しいのう!」

「ああ? 誰よアンタ?」


 私は奥で笑う長髪の男の子を睨みつける。

 まるで知ったような、今までそうだったような言いぐさ。初対面で笑われるのは良い気分がしない。


 いや、笑っているのはアイツだけではない。

 隣にいる美女も口元を押さえ笑っている。隣にいる子供も同様だ。


 その反対側、対面側にいるオッサンふたりは、どちらかというと苦笑いをしながらヒソヒソとお互い話をしている。

 そんな私を見て、正面にいる威圧感のある漢が話に割り込む。


「……喜多、これはどういう事じゃ?」

「――はっ、輝宗てるむね様! これには深い訳が……あるような無いような……」


 と、喜多が威圧感のある漢に事情を説明している。

 記憶が一部欠落している、とこれまでの私の行動を説明しているようだが、あまり理解はされていない様子。


 当然だ。

 記憶が一部どころではない。まるっと違うのだ。


 せめて私の身体、愛姫っていう女の記憶があれば良いのだが、そんなものは一切無い。

 どんな仕草で、どんな振る舞いで、どんな性格だったのか。何ひとつ思い出せない。


 あるのは陽徳院愛華としての記憶。

 ここでは全く役に立たなそうな、前世の記憶である。


「ふーむ。まとめると愛姫は一度亡くなって以降、頭がおかしくなった。そういう事じゃな?」

「……はい」


 はい、じゃない。

 これではまるで私の頭がパッパラパーになったみたいじゃないか。一体どんな説明をしたんだ、この女は。


「なるほどのう。親父、記憶が無いのであれば一度皆を紹介せんか? さすれば記憶も戻るかもしれん」

「うむ。そうじゃな」


 勝手に話が進んでいるが、それは私にとっても好都合。

 私は喜多以外の部屋にいる人間から自己紹介をしてもらう。


 まずは私の右側にいるオッサンふたり。

 名前は鬼庭おににわ良直よしなおと遠藤基信もとのぶ


 どちらもオッサンと言ったが、鬼庭という漢の方が老けている。遠藤という漢はどちらかというとオジサンって感じだ。

 そして鬼庭の方は『左月さげつ』、遠藤の方は『不入ふにゅう』と呼ばれているらしい。愛称みたいなものだろう。


 続けて左側にいる綺麗な女性と子供。

 子供は隣にいる綺麗な女性の子供らしい。

 

 子供の名前は小次郎。

 愛嬌があって、人懐っこい性格をしていそうだ。それに顔も可愛い。女の子みたいだが、残念ながら男の子らしい。


 その隣にいる綺麗な女性の名前は義姫よしひめ。小次郎の母親である。

 そして目の前にいる威圧感のある漢の奥さん。ちょっと目がキツイ。性格もきつそうだ。


 最後に私は目の前にいるふたりから自己紹介を受ける。


 ――伊達輝宗。

 ここ米沢城の主であり、伊達家第十六代目当主。通りで貫録があるわけだ。


 となると、最後にあの片目を隠した男の子が誰なのか、容易に想像出来るだろう。

 私が戦国武将の中で最も嫌いな、十年早く生まれていれば天下を取れたと言われた漢――。


「余は伊達藤次郎とうじろう正宗まさむね。お前とは夫婦の関係よ」


 だそうだ。

 

 予想はしていたが、最悪である。

 私はついつい大きくため息付いてしまう。


「どうじゃ愛姫、何か思い出せた?」


 思い出した、思い出せない。そんな問題ではない。

 私は今、この瞬間、本当に戦国時代を生きる人間に生まれ変わってしまったのだと確信した。それも愛姫という最悪の身体を器として。


「駄目……かな。でも私がここのお姫様ってのはわかったわ。それでお殿様、私は何をすればいいの?」

「ん?」


 私の質問に輝宗は首を傾げる。


「何とは何じゃ?」

「こっちのセリフよ。だから私はこの城で何をすればいいの? 踊り? それとも生け花とか? ある程度その辺の教養は頭に入ってるから何でも出来るわよ」


 私は昔の城のお姫様が何をやっていたのかなんて知らない。

 でも、今の昔も大して変わらないだろう。適当にそれっぽく振舞っていれば大丈夫な気がする。


 退屈だけど、変な所に生まれるよりはマシか……。

 そう思っていると、政宗がまた笑いながら口を開いた。


「がーっはっはっは! 愛、貴様のやる事などひとつに決まっておるわ!」

「ああ?」


 私は政宗を睨みつける。

 正直コイツは自身を伊達政宗と名乗ってから吐き気がする。それだけ私は前世でコイツに良い思い出が無い。ゲームでだけど。


「何かしら。つまんない事だったらぶっ飛ばす!」

「おう、怖い怖い。それにしてもお前、随分と人が変わってしまったな。本当に記憶を無くしたのか?」


「御託はいいからさぁ、さっさと言いなさいよ。つまんなかったらマジで蹴り飛ばすからね」

「夫婦の関係でやる事などひとつに決まっておろう」


「何よ?」

「余の嫡男を孕むまで、夜の相手をする事じゃ」


 私の中で数秒間時が止まった。

 そして今政宗が言った言葉を何回も脳内で繰り返し、その真意を自分の中で結論付けた。残念ながら辿り着いた答えは最悪だった。


「な、な、な、な、何言ってんのアンタ⁉ セクハラ! 変態! キモキモキモのキモ助!」


 最悪。

 いきなり会ったばかり女の子に「子を孕め」とか、コイツ地上最強の生物かよ。これから力いっぱいハグでもするのかよ。


 私は政宗を威嚇しながら、一歩二歩とズルズル後退する。


「何とは……、お前何をそんなに怒っておるんじゃ?」

「いやー普通に怒るでしょ! デリカシーってもんがアンタには無いわけ⁉」


「で、でりかし? さっきからよくわからん言葉を使いおって。愛、お前本当に大丈夫か?」


 大丈夫か、と言われたら大丈夫ではない。

 生き返ったと思ったら戦国時代で、大っ嫌いな戦国武将にセクハラを受けているのだ。気分が良いわけない。


「ははーん、お前さてはあのヤブから飲まされた薬が身体に残っておるのだな? だから機嫌が悪い、そうじゃろ?」


 ヤブ? 何の事だろう。

 そんな私の表情を読み取ったのか、喜多が後ろから教えてくれた。


 ヤブとは私、この身体の前の主人である本物の愛姫を担当していた主治医の事のようだ。


「奴の用意した丸薬を飲んでお前は容態が悪化したのじゃ。憶えておるか?」

「お、憶えてないわよ、そんなの……」


「じゃろうな。危篤状態じゃったお前に飲ませたのが、ヤブの用意した秘薬よ」

「秘薬?」


「うむ。何の病気も治せる、代々伝わる秘薬と奴は言っておったわ」

「それでどうなったの?」


 沈黙。誰もその続きを話そうとしない。

 その中でも喜多は下を向き、表情を曇らせていた。何か知っているのだろうか。


「ねぇ、だからどうなっ――」

「死んだ」


 と、真剣な表情でそう話す政宗。


「ん? ん?」

「お前はその秘薬を飲んで、苦しみながら死んだわ。儂とそこにいる喜多の目の前でな」


 薬を飲んで死んだ?

 喜多は不治の病で死んだって言ってなかったっけ。今の話を聞く限りだと、死因はその医者が飲ませた秘薬という事になるのだが……。どうなっているのだろう。


 だけど、これってめっちゃ良い情報じゃん。

 要はその秘薬を飲んだせいで、私はここに転生した可能性がある。それなら逆に元の世界に帰る事が出来るかもしれない。あっちの世界で死んだ私の身体に戻れるチャンスがあるかもしれない。


 そう思い、私は政宗にその医者が今何処にいるのか聞こうと思ったのだが。


「ククク、じゃが安心せい。奴は儂の手で斬り捨ててやったわ」

「へっ?」


 政宗の一言は私の希望を無残にも粉々にした。

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