伊達の姫⑦
「き……斬り捨てた? それってどういう……」
「そのまんまの意味じゃ。奴はお前を治せなかった。それだけならまだしも、奴はお前を毒殺したのじゃ。だから斬ったまでよ」
じゃが、驚くことにお前は生き返ったがな。と、政宗は付け加えた。
殺した? そんな簡単に? 何でそんな事が出来るのコイツは?
確かにその薬のせいで本物の愛姫は死んじゃったのかもしれないけど、そこまでする必要はあったの?
気付いた時には私は政宗に飛びつき、彼の小袖の胸ぐら部分を両手で掴んでいた。
「……っち、何じゃこの手は? あぁ?」
私の行為が気に入らなかったようで、睨み、眼圧を飛ばす政宗。
片目といえど、この眼力。私にはわかる。コイツ、強い。
「アンタ、自分が何をしたのかわかってんの⁉ 人を斬ったんだよ⁉ 人を殺したんだよ⁉ 何の罪もない医者の命を奪ったんだよ⁉」
「あーいちいちうるさいのう! さっさとこの手を放さんか!」
「キャッ!」
私は突き飛ばされた。政宗に片手で突き飛ばされた。そんなに緩く握っていたつもりはないのだが、あっさりと突き飛ばされた。
そんなにガッシリとした身体でもないのに凄い力だ。これが戦国武将の身体能力なのだろうか。
私が生きていた世界のなんちゃってヤンキー共とは全然違う。
アイツ等が偽物であるなら、コイツは本物だ。
「痛ッ‼」
立ち上がろうと手に力を入れた時、手首に激痛が走った。どうやら捻ってしまったらしい。
「姫様っ⁉ 大丈夫で御座いますか⁉ どこかお怪我を⁉」
「だいじょーぶ! ちょっと手首捻っただけだから……」
手首を庇いながら立ち上がる。
それを見て政宗も立ち上がる。私を睨みながら。
「ふん。身の程を知れ、この阿呆が!」
「……阿呆⁉ アンタ、もう一度言ってみなさいよ! 私はね、仲間の次に自分を馬鹿にされるのが大嫌いなのよ!」
ニヤリと舐めた笑いを浮かべる政宗。
女だと思って見くびっている。私がヤンキー達にされていた顔とそっくりな……腹立たしい顔である。
「おい、お前達⁉ こんな所で喧嘩はやめ――」
「うっさい! 少し黙っとけ、このすっとこどっこい!」
……。
…………。
部屋の中が静まり返る。
私の輝宗に対する怒号はそれだけ誰も予想していなかった事である。
それもそのはずだ。私、この愛姫という身体がどれだけの地位にいる人物なのかはわからないが、間違いなくこの殿様よりは確実に低いだろう。比べるまでもない。
それにしても、すっとこどっこいは言い過ぎたかな。私も何でこんな江戸っ子みたいな言葉が出て来たのかわからない。漫画の見過ぎだろうか。
「お前……⁉、親父に向かってなんだその言葉遣いは!」
「グゥ――⁉」
今度は私の胸ぐらを政宗が掴む。
力強く引っ張るため布が直接肌を擦ってとても痛い。昔柔道の授業でもこんな痛みを感じる場面があったのを思い出した。
「若、おやめ下さい! 姫様に暴力は――⁉」
「うるさいっ! 喜多は黙っておれっ!」
「キャッ!」
間に入って止めようとする喜多の手を、政宗は振り払った。
更に、その振り払った手が喜多の頬をパチンッと弾く。衝撃で喜多はその場に倒れてしまった。
コイツ、相手が女性でも容赦ないのか。
この時、私の中で伊達政宗という漢の評価が真っ逆さまに転落した。
「……テメー、なーに関係ない人に手出してくれてんだ。その人、喜多さんは私に良くしてくれたのに……」
「ふん、阿呆が。割って入って来たこいつが悪い! ……それもこれも、この口のせいであろうが!」
政宗は胸ぐらをさらに強く掴むと、私の口に押し込もうとする。
無理矢理衣類を引っ張るので着物を絞めている帯が緩み、大事な部分が見えそうになる。
少し前にも言ったと思うが、私は今下着を履いていない。
ノーブラ、ノーパンなのだ。
「ちょっ⁉ バカっ! 見えちゃう!」
と叫ぶと共に鈍い音が鳴る。
クッション性のあるものに衝撃を与えたような、低音で鈍い音。
「――――お……おがぁぁ……⁉」
蹲る政宗。腹を押さえながら、両膝をつき、口からはだらしなく体液を出して苦しんでいる。
そして部屋にいる政宗以外の人間視線が一気に私へ集まった。
そう、私がやったのだ。私が政宗の腹に膝蹴りを思いっきり入れたのだ。
大事な所が見られるぐらいなら、相手が殿様だろうが、若様だろうが知ったこっちゃない。立ちションでボロンッと出すマナーの無い男と違い、女の秘部はそんなに安くない。
そんな訳で、私は危うく一大事になりかけた元凶を膝蹴り一発で許すほど優しい女の子ではない。
胸ぐらを掴まれた時の痛み、大衆の前で辱めを受けそうになった屈辱、そして――。
「自分の
身体を捻り、左脚を軸に大きく一回転。コマを回す時のようなスナップを利かせるイメージで、右脚を放つ。
私の得意技でもあり、皆が十八番とも呼ぶ渾身の回し蹴りを政宗の胸元へ不意に打ち込む。
自分で言うのはなんだが、私はこの回し蹴りなら岩すら砕く自信がある。
そんな脚技をまともに食らったのだ。政宗は部屋の戸をぶち破り、外まで吹っ飛ばされてしまった。
「ニッヒッヒ! 蹴り足りないけど、今回はこれで勘弁してあげる!」
緩んだ着物を押さえながら、左脚一本でその場に立つ。
嘘かと思うかもしれないが、私の愛姫としての、伊達の姫としての人生はこんな最悪な展開から始まったのだ
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