伊達の姫⑤
今からひと月前、この国の若き姫君『愛姫』は不治の病にかかったそうだ。
身体に腫れ物や発疹などといった症状が出るわけでもない、ただ高熱だけが出る原因不明な病気。
他の症状としては激しい腹痛、下痢、血便などもあったようだ。
ただ、この病は愛姫だけでなく、他の兵士や農民なども感染した事例があり、その半数以上が息を引き取ったらしい。
もちろん、愛姫も例外ではなかった。
容態は日に日に悪くなる一方。
そして、昨日息を引き取った……そうだ。
原因不明な病気なため親元にも返還されず、少数が見守る中で火葬が実施されたようだ。
そして今に至る。
喜多はそう私に涙を流しながら話してくれた。
「本……当……に、ぐすっ、本当に生きてて喜多は嬉しゅう御座います」
「ちょっと、そんな大げさな」
「大げさでは御座いません! 姫様が苦しんでいる時、喜多は何もしてあげる事が出来ませんでした。祈る事しか出来ず、只々無力で……」
「…………」
この喜多という女、本気で泣いている。
決して嘘偽り無い、心から安心している嬉し涙だ。
困った。こんな雰囲気の中そそくさと帰るのも、何だか気が引ける。
それに喜多の言っている事が本当であるなら、私の意識はその愛姫という女の中にある、となるだろう。
また、喜多は今の年号を天正と言っていた。
天正とは安土桃山時代の年号の事だ。分かりやすく言えば、織田信長や豊臣秀吉が政権を握っていた時代。そっちの方が分かりやすかもしれない。
……。
…………。
馬鹿馬鹿しい。実に馬鹿馬鹿しい話だ。
恐らくこの喜多という女は、私をその愛姫という女と勘違いしているのだろう。
世の中自分とそっくりな人間は三人いると言われているぐらいだ。別に不思議じゃない。
今流行りの異世界転生ものでもあるまいし、そうそう都合の良い展開になどなるわけがない。
「うふふ、突然泣いてしまって申し訳ありませんでした。姫様、そろそろ殿の所に参りましょうか。皆、姫様の事をお待ちかと」
まずい。
このままではこの訳の分からない流れに乗らなければならなくなりそうだ。
何とかしてしてひとりの時間を作らなくては……。
私は適当な理由を作り、喜多に外へ出てくよう促すことにした。
「あーごめんなさい、ちょっと髪の毛整えたいかもー。こんなんじゃ人様の前には出られないわー。少し時間を貰えるかしらー」
「あっ、髪でしたこの喜多が――」
「大丈夫! 大丈夫! 大丈夫! ひとりでやるから! 喜多さんは外で待ってて!」
「は、はぁ……」
喜多はそう答えると、「何か御座いましたらお呼びください」と言い残し、部屋の外に出てしまった。
チャンスだ。私は部屋の中を隅々まで物色する。
「目立った物は特に何もない……か。精々あるのは琴みたいな楽器ぐらい。愛姫という女の趣味だったのか?」
他にも探していると、私の目の前にひとつの水瓶が止まった。
これだ! 私は水瓶に飛びついた。
この部屋には鏡はないが、水瓶に入った水を見れば自分の姿がわかるじゃないか。
私は意気揚々と水に映った自分の姿を確認する。
「……へ?」
水瓶を持つ私の手が震える。
「ちょちょちょちょっと待って⁉ これが……私……?」
別人。いや、全く違うというわけではない。
水に映っているのは桃色の髪をした少女……なのだが、随分と幼く見える。
「え? え? 嘘……、なんでこんな――⁉」
元々童顔寄りの私だが、高校に入って少しは大人っぽくなった……つもりである。
完全自己評価だけど。
後は細かいパーツが少し違う。
他の人から見ればさっぱり分からないと思うが、私にはわかる。だって自分の顔なんだから。
極め付きは口の横にひっそりとある小さなほくろだ。
ゴマよりちょっと小さいかもしれない。それでもほくろはほくろである。
私の口元にはいわゆるセクシーぼくろは無い。
仮にあったとしても毎日鏡を見ているのだ。気付かないわけがないのだ。
「あ……ああ……。そういう……事。マジかぁ……」
「姫様ー、そろそろよろしいでしょうか?」
そうだった。私はこれからここの殿ってヤツと会わなければならないのだった。こんな所で現実に絶望している場合ではない。
「和服、シャワーやシャンプーもない風呂場、昔の城っぽい建物、そして殿様……。私ってとんでもない時代に来ちゃったみたいね。どうせならドドンッと魔法の使える異世界が良かった」
「姫様、何を言っておられるのですか⁉ 早く参りましょう!」
おっと、ついつい心の声が口に出てしまったらしい。
私は急いで髪型を整える。
「んーそれにしても今の私髪が長いわねー。出来れば結びたいんだけど……」
今の私、新しい私は髪が前より長い。
前世ではミディアムぐらいだった髪でも私はツインテールに纏めていたぐらいだ。ロングじゃ余計に気になり過ぎる。
私は部屋に何か髪を縛れる物がないか見渡す。
すると丁度良く、いかにもあらかじめ用意されていたのか思えるほどの紐らしき物が二本落ちていた。
「この手触りは着物……かしら。繊維も滑らかだし、結構良い素材使ってるのね」
真っ白で、肌触りの良い着物生地の切れ端。
これは触った事のある感触。私がさっきまで着ていた白装束と同じ生地である。
「この際結べれば何でもいいわ!」
私はその手触りの良い着物生地の切れ端を使い、自分の髪を一瞬で仕立て上げる。
勿論一番のお気に入り、ツインテールである。
「お待たせー!」
私は勢いよく襖を開ける。
部屋の外では既に喜多が待機していた。
「姫様、その髪型は⁉」
「私と言ったらツインテールだからねー。別に問題ないでしょ?」
「は、はぁ……。恐らくは……」
何だか困ったような表情を見せる喜多。ツインテールがいけないのだろうか。こんなに可愛いのに。
私は喜多に連れられこの城の主、いわゆる殿がいる部屋の前まで案内される。
――――――――――
「こちらで御座います」
さっきまで私がいた部屋の約三倍の面積がありそうな立派な部屋。襖の両隣には若い男が二人正座をしている。
「ここに入ればいいの?」
私は襖を指差し、喜多に問う。
「はい。部屋の奥で殿がお待ちです。それに若様も」
「ふーん」
適当に挨拶してからとりあえず外に出よう。
私は襖に手を掛ける。
「殿。若様。愛姫様をお連れしま――」
ピシャッ!
と、私は喜多が喋っている間に襖を開けた。
「は?」
「え?」
喜多と男達の反応など無視し、私は構わず部屋の中に入って行く。
「へぇー、結構本格的じゃん」
一言感想を言い、私は部屋の中にいる人間のひとりひとりを視察する。
部屋の脇に綺麗な女性がひとりと可愛い子供がひとり。その反対側にオッサンがふたり。
部屋の奥には妙な威圧感のある漢と、その隣には私を始めて愛と呼んだ黒髪長髪の片目を布で隠した男の子が座っていた。
(右目を隠している布の家紋どっかで見たような……)
私が悩んでいると、部屋の奥にいる威圧感のある漢が顔をにこやかにさせた。
「おお愛姫、待っておったぞ! 本当に無事だったようじゃな!」
「は……はぁ、どうも」
この漢も私を愛姫と呼ぶ。どうやらマジで私は愛姫って設定らしい。
それにしても愛姫って誰?
「色々あって混乱しているとは思うが、……まぁ腕なんか組んでないでそこに座れ」
「それもそうだね。じゃあお言葉に甘えて……」
私は漢の指示通りその場に座る。胡坐で。
何を驚いたのか、部屋にいる人間が一斉に「え?」と再び声を漏らす。
「ちょっ、姫様⁉ なんですか、その座り方は⁉」
顔色を変え、私の座り方を指摘する喜多。
そんな事を言われても困る。これが私のライフスタイルなのだ。
「何って、見ればわかるでしょ。胡坐よ。私こっちの方が落ち着くんだけど」
「落ち着くとかそのような問題ではありません! 姫様は女性なのですからいつも通りの正座でお願いします!」
「えー、正座とかダル……。私、家では胡坐だったんだから。今更強制するとか勘弁してよ」
「駄目と言ったら駄目です! 姫様は気品あるお方なのですから、姿勢からしっかりとお願いします!」
私と喜多がそんな言い争いをしていると、奥にいる右目を隠した男の子が突如笑い出した。
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