第十二話 私の軍①

 前回の話から刻を遡ること、天正十一年(一五八三年) 六月。


 困った事になった。

 いざ先陣を切ると言ったものの、私には軍を構成するための兵士がいない。


 正確に言えばいないわけではないのだが、人数としてはごく少数。鉄砲すら打った事のない五人だけである。

 そのため大友宗麟に兵を貸して貰おうと交渉したのだが、結果は……ノーだ。両腕で大きく丸を作ると思いきや、突然のバツ印。数時間前のデジャブだ。


 本当は蹴飛ばしてやりたかったが、貸したくても事がそこまで単純ではないらしい。

 というのも、大友は耳川の戦いで島津に敗北後、数多くの家臣を戦だけでなく寝返りという形でも失っているのである。


 それは決して敗北だけが原因ではない。大友宗麟のキリシタン熱も大きく関わっている。

 そんな中で再び島津と戦をしようとしているのだ。当然、大友軍の指揮は低い。


 逆に兵は借りなくて正解だったのかもしれない。

 そんな指揮の低い兵士を借りて敵前逃亡なんかされたらたまったもんじゃない。私だけなら兎も角、皆がピンチになるのは避けなければならない。


 なら兵は自分で集めるしかない。

 と、思った私は今丹生島にうじま城の城下町に来ているというわけだ。


「とは言ったものの、どうやって兵を募集しようかしら……。とりあえず強そうな奴に片っ端から声を掛けるしかないかー」


 悩んでいてもしょうがない。

 私は町中にいる強そうな男達へひたすら勧誘を続けた。そして、時間だけが過ぎていく。


「ハァハァ……駄目ね。全然引っ掛からない……」


 せめてひとりぐらいはなんとかなると思っていたのだが、悲しいかな結果はゼロである。

 声掛けるほとんどが私を厄介者扱いしてまともに聞いてくれないし、聞いてくれたと思ったら身体目的のヤバイ奴も少なくない。


 そんなこんなしていたらいつの間にかお昼になっていたので、私は茶屋で暫し休憩する事にした。


「あーあ。ホントどうしよっかなぁー」


 ずんお打は偵察、喜多と左月達はしばらく借りる館の清掃や備品の準備などで忙しいため動けない。

 スマホがあればポチポチッとアプリを使って募集出来そうだが、そんな便利な物はこの世界にはまだ無い。電気すら無い時代だ。


 安土桃山時代。慣れてはきたものの、やっぱり不便は不便だ。

 私はお茶を飲みながら町中を通る人達を観察していると、ひとつの立札に目が留まった。


 内容としては、ここ最近不審者が町中をウロウロしているから見つけ次第城兵に報告するように、との事。

 まぁこの場合内容がどうこうではなく、その注意喚起の知らせ方が目に留まったのだ。


「あはー、これは使えるわね!」


 良いアイデアを閃いた。まさに圧倒的閃き。

 私は一度城に戻り、必要な道具を借り、作成に取り掛かる。


「ここはこうして……、私に勝ったら……と」


 私は慣れた手つきで筆を動かす。

 一度城に戻ったのは文字を書くための筆を取りに行ったのだ。


 本当なら立札も借りたかったのだが、それは宗麟の許可が無ければ駄目だと断られてしまった。

 仕方がないので、私は町にある立札をひとつ借りる事にした。町中にある数十本の内のひとつだし問題は無いはずだ。


 私は完成した立札を地面に戻し、その場でしばらく待機をする。

 するとひとり、ふたりと立札の前で脚を止める。場所も良かったのか次々と、連鎖的に皆脚を止める。


 そして時間にして三十分も経たない内に、私はいつの間にか大勢の人達に囲まれてしまった。


「なぁ姉ちゃん。ここに書かれている事って本当か?」


 私を囲っていたひとりが話しかけてくる。


「勿論! お兄さん挑戦する?」

「い、いや、だって姉ちゃんとやるんだろ? そんな可哀そうで出来ないよ」


 ははは、と話しかけてきた男はその場を去った。


「ねぇお姉ちゃん。これって僕達でも出来るの?」


 次に話しかけてきたのは小さな子供達だ。歳は十歳前後といったところだろう。


「んーキミ達じゃちょっと幼すぎるかな。また今度挑戦してね」

「ちぇー、つまんないのー」


 子供達は不貞腐れた顔でこの場を去った。流石にあの子達をこの条件に巻き込むのは酷というものだ。


「……おい、女」

「ん?」


 次に話しかけてきたのは、刀を持った明らかに武士っぽい男。

 チュパチュパと爪楊枝を動かしながら立札を眺めている。いや、正確には私の書き換えた挑戦状を眺めている。


「ここに書かれている事、嘘偽りないだろうな?」

「ないよ。もしかして挑戦する?」


「当たり前だ。こんな旨い話そうそうないわ! だが、嘘だったら……」

「嘘だったら私を煮るなり焼くなり好きにしないさいな。それなら文句ないでしょ?」


「ギヒヒッ、好きにしていいのか」


 ジュルリッと男はよだれを舌で舐め取る仕草をする。

 凄く気持ち悪い。負けた時に何をされるのか大体の予想がつく。


 するとその男に続き、俺も俺もと群衆から次々に声が上げる。

 何でこのタイミングで皆手を上げるのか不明だが、人数が多いのに越したことはない。寧ろ願ったり叶ったり、渡りに船だ。


「じゃあ、場所変えよっか」


 ここで男達の挑戦を受けるには少々狭い。

 私達は近くにある広い河川敷の方に移動した。


 ――――――――――


「――か……は……」


 カランッ、と最初に声を掛けてきた武士っぽい男の握っていた刀が砂利に落ちる。

 それに続くかのように、男も前かがみに倒れ込み、ピクピクと痙攣しながら動かなくなってしまった。


「次ー」


 私の声にビクッと身体を震わせる男達。

 お互いを押し合い、「お先にどうぞ」と譲り合っている。


 譲り合いの精神は素晴らしいと思うが、ここでは不要だ。面倒なのでまとめてかかって来ても構わない。

 ただひとつ言える事は、コイツ等では役不足という事だ。


 自分で喧嘩を募集しといてなんだが、ここにいる誰もが私の部下、愛姫隊の兵としての資格はない。

 強い弱いではない。相手が誰であろうが手を抜かない、獣のような戦う意思を持った兵を私は欲しいのだ。


 まとめれば私と死ねる兵。私に命を預けられる兵。

 そのためだったら数十人。いや、数人でも構わない。


 指揮の低い兵を従える奴ほど惨めな奴はいない。

 敵前逃亡。職務放棄。現代風に言えばバックレ。それがどれだけ味方の士気を落とすのか、私は現実やゲームという仮想空間のお遊びで知っている。


「はぁ……」


 ため息をつきながら指ポキをする。もう面倒なので私から飛び掛かってやろうと思ったからだ。

 集めたのは私だ。なら最後までスジは通さないといけない。


 そんな事を思っていると、群衆の一部分が騒がしい。

 次々と道を開け、誰かを通すように身体を横に向ける。


「ホラホラッ邪魔だよ、さっさと道を開けなっ!」


 クリッとした鉛色の瞳に、紫色の髪。そして男勝りな口調。

 誾千代だ。ふたりのお付きを連れて強引に輪の中に入って来る。


「はぁ……。誰が騒ぎを起こしているかと思って見に来れば……愛じゃないか」


 腕を組みながら呆れた顔をする誾千代。お付きのふたりは私が書き直した立札を確認すると撤去を開始する。


「あー! 私の挑戦状ー!」

「何があー私の挑戦状、だ。勝手に書き換えて……、これじゃあ立札の意味がないじゃないか」


「沢山あった内のひとつを借りただけよ。それぐらい良いじゃない……」

「良くない! 駄目に決まってるじゃないか! まったく……、それに町中での私闘も禁止。宗麟様の耳に入る前で良かったよ。豚箱……入りたくないだろ?」


 などと、誾千代は私を脅すように言った。

 牢屋には入れられないと思うが、こっぴどく怒られるのは間違いないだろう。宗麟だけでなく、喜多や左月にもだ。


「それにしても『勝ったら銀十貫』って。そんなに稽古相手が欲しかったのかい?」

「違うわよ。それはあくまで釣り餌だから」


「ん?」

「使えそうな奴ならスカウトして、私の兵に勧誘するつもりだったんだけどねー」


「ああ、なるほど。それでこの有様か……」


 誾千代はぐるりと河川敷を見渡した。

 そこにあるのは大量の死体……ではなく、ひっくり返った毛虫のようにうごめいている男達だった。


 ここにいるのは皆金欲しさに挑戦して来た者達である。その数ざっと十人はくだらない。


「結果、皆不合格だけどねー」

「あはは! そりゃ愛とまともに戦えるやつなんて中々いないだろうさ。なぁ、今日はもういいだろ? 兵に関しては私や父上から殿に進言してみるからさ」


 一度断られているので期待は出来ないが、今は従うしかない。それに誾千代に見つかってしまった事からこれ以上の騒ぎは良くないだろう。

 私は潔く誾千代の言う事に従う事とした。――そんな時だった。

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