私の軍②
「やっと見つけたぞブヒー!」
私と誾千代は同時に声のする方へ振り向いた。
どこかで聞いた事があるような、ないような、そんな声だった。
「…………誰?」
同時に同じ言葉を吐く。
それが気に障ったのか、鼻が大きい豚面の漢は顔を真っ赤にして怒りを露にする。
「誰って……、お前等もう忘れたかー⁉」
「いや、だって本当に分からないんだもん……。何処かで会ったっけ?」
すると誾千代は「あっ」と何かを思い出したかのように呟く。
「なぁ、コイツ等って
あーそうだ。思い出した。
私がお茶などを被ったお礼として、汚いケツ穴に串団子を打っ刺してやった奴だ。そう言われればこんな奴だった気がする。
だけど、何でこんな所にいるのだろう。もしかして、仕返しをしにやって来たのだろうか。
それならさっさと終わらせよう。誾千代も同じ気持ちのようで、指ポキをしながら獣のように豚面を睨んでいる。
「ん、何だやるのか? そっちがその気ならこちらにも考えがあるブヒ!」
豚面は私達を見下ろしながら両手を大きく広げた。身体が大きい事もあり、両手を広げるとよりその巨体が大きく見える。野道に佇む巨大な一枚岩みたいだ。
周りのお仲間も同様に戦闘態勢に入る。腰を低くし、いつでも抜刀出来るように姿勢を整えた。そして――。
「はは――っ‼」
……土下座した。現代人もビックリな綺麗な土下座だ。
勿論、豚面だけではない、お仲間も皆地面におでこを付けている。これには誾千代も対応に困ったような表情を見せる。
「……何のつもり?」
何の意図があるのかわからないが、私は豚面達に土下座の意味を問う。
「姉御達の強さに感服致しました! 是非、儂等を姉御達の子分にして欲しいブヒ!」
「へっ?」
「甘味屋での数々の無礼お許し頂きたい。そして、もう一度お尻に串団子を捻じ込んで頂きたい」
「……
気のせいだ、と豚面。
流石に不信感を拭えない誾千代は、腕を組みながら土下座中の豚面の頭に脚を乗せた。これはこれでこういうのが趣味の人には刺さる絵面なのかもしれない。
「あっ」
「あ? 気持ち悪い声出してんじゃーないよ。甘味屋での事を許せだ? 子分にして欲しい? そんなのにアタイ達が騙されると思っているのかい⁉」
誾千代は更に足へ力を込める。
「んひっー! あ、姉御……。もっと……、気が済むまで怒りをぶつけてくれ……ブヒ」
「だから……気持ち悪い声出してんじゃないよ! 愛、アンタからも何とか言っとくれ!」
えー、やだなぁ。それが率直の感想だ。
見た感じ私がここで罵ろうと踏みつけようが、この男はそれら全てを快感に変えそうだ。それではご褒美を与えるのと一緒である。
それよりも私はこの男達がここに現れた真意が知りたい。
正直、エスエムプレイがしたいのであれば他に行っても良いはずだ。
恨みから私達を探していたと仮定しても、あまりにも正面から向かって来すぎである。前回あれだけボコボコにしたのだから、普通なら奇襲や不意打ちを仕掛けてもいいはずなのだ。
「ねぇ、豚面」
「な、なんでしょう愛の姉御」
「目的を言いなさい。本当の事を言わないと、焼豚にしてからタレに漬け込んで、薄ーく切ったチャーシューにするわよ」
私の言葉に豚面はゆっくりと顔を上げる。誾千代に踏まれていながらも何もなかったかのように。スムーズに。
誾千代は片足で「おっとっと」とバランスを取りながら下がる。勝手に頭を上げたのには不満そうだ。
「流石は愛の姉御。実はその力に惚れ込んで頼みがあるブヒ。後生の願い、それが叶うなら儂を煮るなり焼くなり、そのチャー何とかってやつにするなり好きにしていいブヒ!」
「甘味屋で好き勝手して、今度はお願いかい……。物事の順序もわからない
「好きに言ってくれていいブヒ。だけどこの話、愛の姉御には決して悪い話じゃない。実は、見返りもあるブヒ」
必死に目で訴える豚面。嘘は言ってなさそうだけど、誾千代は横で「聞かなくていい」と警告する。
だけど、見返り……か。まぁこっちに選択権があるのだから、聞くだけ聞いてみても良いかもしれない。
そう思った私はとりあえず話だけは聞く事とした。
「あ、有難い! 頼みとは儂の兄者の事なんだブヒ」
「兄者? アンタ兄弟いたんだ」
「今訳あって、牢屋にぶち込まれているんだブヒ。兄者を解放する、それを手伝って欲しいんだブヒ!」
「ええ……」
それはつまり、牢屋に入っている悪党の兄を助けて欲しいと言っているのだろうか。
そんな事がまかり通るわけない。だけど、豚面の瞳はとても真剣だ。悪意があるようには見えない。
「はっ。牢屋にぶち込まれているのはそれなりの悪党だからだろ? そんな奴助けるわけ――」
「――兄者は悪党なんかじゃねー‼」
誾千代の言葉をかき消すように豚面は叫んだ。まるで、自分の兄が悪党扱いされたのを怒ったかのようだった。
「兄者はただ宗麟様へお願いしに行っただけなんだ! それを話も聞かず勝手に――」
「立つんじゃーないよ、豚。この場で刺身になりたいのかい?」
興奮した豚面に向けられたのは、誾千代の握った容赦ない刀の先。あと一歩でも動けば串刺しは免れなかったかもしれない、それ位の距離だった。
誾千代からしてみれば、牢屋に入っている時点で悪人なのだ。それが敵兵であっても、大友の国衆であってもだ。
「宗麟様の決定は絶対だ。それに逆らうなら敵と同じだよ」
「……歴史ある寺社仏閣を取り壊して、異国の建物を建てる事がそんなに大事ブヒか⁉」
「……え?」
これには誾千代も黙る。彼女からしてみれば、唯一宗麟の思想で納得がいかない部分であり、大友家の弱体化を招いた根源であったからだ。
「異国の建物を建てるのは文句ないブヒ。でも、兄者の寺は関係ないだろ。大友に逆らった事など今まで一度たりともないのに!」
「あぅ、それは……」
誾千代の顔色が悪くなる。痛い所を突かれた、そんな感じだ。
雷神の娘、立花道雪の娘といえど怯む時は怯む。それが彼女も同意見であればなおさらだ。誾千代はどちらかというと忠義より、自身の義を重んじる所がある。私と似ているのだ。
とはいえ、話がちょっと重い。それに今の話は誾千代に解決できる案件には思えない。
私はとりあえず話を戻す事にした。
「それで……、何でアンタの兄を助ける事が私にとって有益になるの?」
「それを話す前に確認だけしたい。愛の姉御は人を欲している……、これは合ってるブヒか?」
「合ってる。特に私の命令には絶対服従……のね」
なら問題ない、と豚面は正座をしながら話を進めた。
「問題ないって……、どういう意味?」
「兄者がいる大友の囚人場には沢山の人が収監されているので、そこから気に入った奴を好きに貰っていけばいいブヒよ。こんなひとりひとり相手するよりよっぽど効率的ブヒ」
確かに、と私は軽く相槌を打った。
相手が囚人であろうが人に変わりはない。寧ろ、そこら辺の足軽よりよっぽど肝が据わってそうだ。
言う事を聞くかどうかは一旦置いといて、見てみるのは良い機会だと思った私は誾千代に案内をお願いするのだった。
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