家督相続⑤

 鶴翼の中心、長槍部隊に突っ込む義胤隊。狙いは中央突破。

 そうはさせまいと、長槍隊の後ろに構えた鉄砲隊が次々と銃弾を放つ。


 唸る轟音と鉛玉の嵐が相馬軍に襲い掛かり、バッタバッタと倒していく。


 それだけではない。

 上空からは弓隊から放たれた矢の雨が打ち漏らした相馬兵を串刺しにする。


 飛び交う悲鳴と血しぶき。

 この圧倒的有利な布陣に義胤が直ちに降参するものかと思っていた。


 だが、違った。今回の義胤の部隊は一味違った。読み違えていた。

 一発目の鉛玉の嵐が終わると、相馬の騎馬隊は鬼のような猛攻で、先頭の長槍隊を蹴散らしていくのだった。


「どうした、自慢の鉄砲はもう終わりか⁉ この相馬義胤、真っ向から受けて立つぞ!」


 馬が、相馬の騎馬隊の馬が鉄砲の轟音に動じていない。それどころか鞭を与えられたかのように勢いを増している。

 遂に鶴翼の中心、長槍隊を突破される。


「ふむ。この短期間で馬に鉄砲を慣れさせたようですな」

「っち、鉄砲や弓が駄目なら白兵戦に切り替えるまでよ!」


 更に鉄砲隊も突破される。

 中央に位置する儂の所まで後少しに迫りつつある義胤隊。


「じゃあ若、行ってくらー」

「拙者も成実様に加勢致します!」


 成実と小十郎が相馬騎馬隊に突っ込む。

 あいつ等め、美味しい所を持っていく気満々のようだ。


 すると、ひとりの伝令兵が儂の近くに寄る。


「政宗様伝令です!」

「何じゃ、今は合戦中ぞ!」


「申し訳ありません! ですが原田様から急ぎお伝えしろと!」

「むっ⁉」


 原田宗時むねとき。金山城攻略部隊の指揮を取らせている漢の名だ。

 奴からの報告となればそれなりの事だろう。


 儂は伝令兵からその内容を聞くと笑みを抑えきれなかった。

 吉報だ。恐らくその勝鬨は親父の本陣にまで響いているだろう。


「くくくっ、そうか。遂に金山城が落ちたか」


 なら、後はここを守り切るだけである。


「伊達軍に告げる! 金山城は既に落ちた。残りは退路断たれたここの相馬軍のみ! 今一度気合を入れよ!」

「お――――っ‼」


 儂の知らせを含む下知は伊達軍の指揮を大きく上げた。

 義胤を含む騎馬隊に押されていたものの、気合で押し返そうと奮起する。


 その逆も然り。

 この知らせは相馬軍の指揮を大きく下げた。遂には武器を捨て、無理矢理逃亡する者まで現れ始める。


 ここまで来ると、後は芋づる式。次々と退却する相馬軍。

 先程までの勢いが嘘だったかのように、カラカラに乾いた砂山のように崩れていく。


「おのれ――――っ!」

「――――っ⁉」


 毛並みが茶色の綺麗な馬。身体には黄金の馬鎧を携え、絢爛けんらんが如き輝きを放っている。

 その背中には男が直立していた。既にあぶみからは両足を外しており、いつでも飛び掛かれる体勢になっていた。


 総大将・相馬義胤だ。

 前にいる小十郎と成実の部隊を躱し、単騎こちらに向かって突っ込んでくる。


「面白くなってきたわ!」


 刀を抜き、義胤を迎え撃つ。

 久しぶりの緊張感に心が躍る。


 上空に浮かぶ黒い影。

 儂は目の前から来る馬を通行人のように素通りし、上空に浮かぶ猛将のみに集中した。


「伊達の子倅――っ! その首、貰った――っ!」


 影の正体は義胤。太陽と重なり、その姿が一時的に見えにくくなっていた。

 儂は上空から突き出される槍を刀で受け止めた。


「ここまで辿り着けた事、褒めてやるわ!」


 槍ごと義胤を振り払う。

 義胤は地面に着地すると、間髪入れずにこちらへ突っ込み、互いの刀と槍を重ね合わせる。


「いつまでも諦めが悪い漢よ! とっとと我が軍門に下れぃ!」

「ここで相馬が滅びようと、我ら相馬武士は伊達には屈しぬっ!」


 鉄と鉄。刀と槍。

 互いの武器が重なり合うたびに、独特の金属音と火花飛ぶ。


 初陣で結果を残したい儂と、これ以上領土を渡せないと死人覚悟の義胤。

 想いの違いか、一本の武器が上空に弾き飛ばされる。


 クルクルと円を描きながら地面に突き刺さったのは、刀だ。

 儂は義胤との意地の張り合いに競り負けたのだ。


「わーはっはっは! その首、貰ったー‼」


 勝利を確信した義胤の声と、その後ろで儂の名を叫ぶ小十郎と成実の声が聞こえる。

 ここの誰もが儂の首が飛ぶと思っただろう。


「……阿呆共が」


 ドォォォーン!

 と、轟音が響く。そして凄まじい音と同時に、上空に一本の武器が弾き飛ばされる。


 クルクルと円を描きながら地面に突き刺さったのは、槍だ。

 持ち手がグニャッっと変形した義胤の愛槍が地面に突き刺さったのだ。


「ぐあぁぁ……」


 右手を押さえる義胤。

 中に鉄を仕込んだ槍が曲がるほどの衝撃。当然、それを握っていた右手にもそれなりの振動が襲う。


「そ、それは――、小筒⁉」


 銃口から出る火薬の臭いと形状から、義胤はそう言った。

 義胤に向けたのは、元服時に親父から貰った小型の火縄銃。奥州の鍛冶師に作らせた最新式の火縄銃である。


 儂は刀を弾かれたと同時に腰へ手を回し、義胤の槍に向かって発砲したのだ。


「――っち! まだそんな物を仕込んでおったか!」

「ああ。じゃが、おかげで終いじゃ」


 儂は左手でもう一度後ろの腰に手を伸ばした。

 義胤に向けたのは同じ銃。右手に持っている銃と全く同じ模様の銃である。


 一丁ではなく、二丁。

 儂は元服時、二本の銃を親父から貰っていたのだ。


「降伏せい、義胤。お前の負けじゃ!」

「…………っ!」


 最後通告。儂は義胤に降参するように促す。

 距離にして約十尺(約三メートル)。いくら義胤でも防ぐ事など出来ないだろうし、儂も外す事などない。


 希望など存在しないのだ。

 それでも総大将である相馬義胤の目から闘志が消える事はなかった。


「相馬武士に敗北はあれど、降伏は無い! 伊達に背を向けるぐらいなら、ここで果ててくれるわ‼」

「……そうか」


 義胤の意地。相馬の名を背負った漢の覚悟である。

 脇差を抜き、猪のように捨て身で突進する義胤に、儂は左手で引き金を引いた。


 ドォォォーン!

 再び轟音が鳴る。


 今度は刀や槍ではない。ひとりの漢が血を流し、衝撃で吹き飛んだ。儂の撃った銃弾は見事に敵を捉えた。

 が、捉えたのは義胤でなく、違う甲冑を着た漢だった。


「――なっ⁉」


 発砲と同時に横から現れたのは相馬の老兵だった。甲冑の色や形が他の兵と違う事から、それなりの立ち位置にいる漢なのだろう。

 義胤は撃たれた味方を抱き抱えた。


「ほ、本間殿っ⁉」

「殿……、生……きてくだされ。相……馬は、誇り高き……武士の……――――」


 僅かに残った力で上げた腕がバサッっと落ちる。本間という義胤を庇った老兵は命を落としたのだ。

 すると、義胤は老兵の言葉に押されたように後ろにいた自分の馬に戻って行く。


 ここで逃したくないのは山々だが、刀を回収するにしろ、銃に弾を込めるにしろ時間が必要だ。

 即ち、直ぐに追撃が出来ない。


 それを見越していたのか、義胤はあっさり馬に跨ると、全軍に撤退の指示を出す。

 鶴翼の左側の部隊が散っている。そこから退却するようだ。


「ふっ、どうやらまだ死ねんようじゃ。参ったのう」

「義胤……」


「城にでもいる伊達の姫君にも伝えておけ。また戦場で会おう……と」

「ふん」


 そう言葉を吐き捨てると、相馬軍は義胤の指示で撤退を開始した。

 儂は相馬軍を追おうとしている伊達軍を止めた。


「おい、若⁉ 何で止めるんだ⁉ 義胤の首はすぐそこに!」

「阿呆が。成実、奴らが撤退する方を見ろ」


 相馬が撤退する奥。そこには数百にも及ぶ相馬の騎馬鉄砲隊が待ち構えていた。

 伊達の張った鶴翼の陣。その左側を背後から潰したのは、相馬の騎馬鉄砲隊の仕業だった。


 勿論、追うのは可能だ。その代わりそれなりの代償を払う事になるのは必須だった。


「此度の戦の目的は既に達成された。これ以上必要ないわ」

「っち! 準備いいぜー、全く」


 天正十二年(一五八四年) 五月。

 相馬との決戦は小斎、丸森、金山城を奪還した形での大勝利に終わった。


 またこの勝利は儂を家督相続する上で十分すぎる功績となり、反対する小次郎派には痛い結果となってしまう。

 そして、相馬との決戦から約半年が経過した。


 ――――――――――


 天正十二年(一五八四年) 十月。伊達家居城・米沢城内の政宗屋敷。

 本日、儂は正式に家督を継ぐ。奥州探題伊達家十七代目当主として、これから伊達を引っ張っていく立場になる。


 遂にここから儂の描く天下取りが始まる。

 それには先ず奥州統一、伊達の周りにいる各大名達を屈服させなければならない。


 そしていずれは織田と……。今は何やら羽柴と揉めているらしいが。


「ふん。どちらでも構わぬわ」


 時間だ。そろそろ本丸の方に向かうとするか。主役が遅れては締まらんからな。

 そう思い、屋敷を出ようとした。その時だった。


 儂の目の前に現れたのは、女子だ。

 

 髪をふたつに分けて結び、着物の裾を上げた独特な着こなし。

 チラリと覗く八重歯と腕組み姿勢が、その女子の性格、人物像を想像するに十分な情報だった。


 そう、知っている。この女子を儂は知っている。

 約一年と半年、天下を取るために九州と同盟を結びに行ったはずの馬鹿女である。


「へぇー、ちょっとは伊達の頭領らしい顔になったんじゃない?」


 女子はニヤリと笑顔を見せ、腕を組みながら生意気そうに言った。

 その口ぶりだと儂が今日伊達家を継ぐ話は知っているようだ。それを知っているのにも関わらず、儂にこのような態度を取る女子はひとりしかいない。


「ふん。お前はちっとも変っておらんのう」


 儂は目の前に立つ女子を見てそう言った。

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