家督相続④
「伝令――っ!」
伝令兵が騒がしく、息を切らしながら陣内に入って来る。
何かあったようだ。
「相馬軍約五千! 凄まじい勢いで山を抜け、こちらに向かって来ております!」
「五千だと⁉」
随分と数が多い。そんなに数を揃えて金山城の守りは手薄にならないのだろうか。
儂は小十郎に問う。
「この動き……。お前はどう捉える、小十郎」
ふむっ、とひと言。
小十郎は顎に指をあて、熟考する。
「……恐らくではありますが、金山城は捨てたのでしょう。本来そちらに向かわす予定だった兵を反転させ、一気に我らの本陣に奇襲を仕掛ける。そんなところでしょうな」
金山城は小十郎の知略によって陥落寸前だった。
今から救援に向かっても間に合わないと悟った義胤は部隊をひとつに集結し、伊達の本陣を叩く予定に切り替えたのだ。
惨い決断にもとれるが、それが相馬にとっては最善策。
城を三つも取られ、おめおめ国に帰る事なんて出来ない。せめて伊達に一泡吹かせてやる、迫って来る五千の軍隊から義胤の意地が伝わって来る。
「ふん、流石は義胤と言ったところか。どうやら簡単に土産を渡すつもりはないようじゃのう」
「何を呑気な!」
儂と小十郎の話に割り込むように、ひとりの家臣が声を上げる。
「若、小十郎、五千の相馬軍がこちらに向かっておるのですぞ! しかも先頭は義胤、早く軍の配置を整えませんと――!」
「…………」
――村田
この中で唯一の小次郎
儂もこの漢は好きじゃない。というより、そりが合わないのである。
「ぴーぴー騒ぐな、阿呆が。既に手は打ってあるわ」
「あ、阿呆⁉ 若、今儂の事を阿呆と言いましたな⁉」
「阿呆に阿呆と言って何が悪い? ん、それともなんじゃ、お前にはもっと良い策があるのか?」
拳を握り、「くぅー!」と言いながら顔を真っ赤に染める宗殖。
だからお前は阿呆なのだ。言い返せないなら話にいちいち割り込んでくるな。
「儂等は戦場に戻る。叔父上達はここで見物でもしておれ!」
儂は兜を被り、小十郎と共に本陣を後にする。
相馬義胤を向かい討つべく、決戦の地に馬を走らせた。
――――――――――
ザッザッザッ、ゴッゴッゴッ。
重厚な馬の蹄が大地を蹴り、空気を揺らす。
これが意外と遠くてもわかるもので、特に細く未開拓な森の中を走ってくるようなものなら、その音は逃げることなく障害物に反射し、結果として広い空間に出るまで痕跡を残すのだ。
足跡、不自然な枝折れ、旗印の切れ端、刀や弓矢などの戦闘痕。これらはあくまで結果によって生まれた痕跡である。見つけてからは割と手遅れの場合が多い。
だがひとつだけ、この戦場という場で予兆を知らせてくれる者がいる。結果ではなく、その前。前兆だ。
「出口が見えたぞー! ここを出て輝宗本陣に突っ込み、その首貰い受ける!」
言葉を聞いてから認知では遅い。それでは懐に入られているのも同然。完全に後手である。
では何をもって予兆や前兆とするのか。
すぐ上にいるではないか。森を抜けるたびに羽ばたく野鳥が。異変を知らせる自然の
「‼」
森の中から次々と姿を現す相馬軍。身体には木の枝や葉っぱ、更には擦り傷なども多く確認出来る。
奇襲を仕掛けようと整備もされていない獣道を強引に走って来たようだが、それもまた我が軍の天才軍師・片倉小十郎の前では無意味である。
抜けて来そうな所は予め押さえ、正面には長槍隊、その後方には鉄砲隊と騎馬隊を置いた
「っち! 待ち伏せされていたか……」
「こ、これは鶴翼の陣⁉ 我らの奇襲は読まれていたか⁉」
次々と森から溢れ出る相馬軍だが、総大将である義胤が進軍を止める。
「随分遅かったのう。あまりにも来るのが遅いから帰るところじゃったぞ」
と、余裕をかますが、到着したのはついさっきである。
しかし、予め部隊は配置していたので嘘ではない。儂と小十郎がついさっき合流したばかりという事だ。
「よく言うぜ……。俺を置いてったくせに」
「そう拗ねるな成実。後でお前にも教えてやるわ」
儂の事に気付いたのか、義胤が口を開く。
「おかしいのう、草(忍び)の調べではお主達は金山城付近にいたはず。それがどうして……」
「ん、確かに儂等は金山城におるぞ。今も変わらずな」
「何⁉」
「儂等の影武者……じゃがな」
相馬の本陣奇襲の作戦は、政宗の忍び集団・黒脛巾組によって既に伝わっていた。
そこで考え出されたのが影武者作戦でだった。今現在、金山城付近にいる三日月の前立を付けている人物はただの忍び。小十郎も同じである。
ただし、何かあった時に指揮を取れる人間がいないと困るので、原田
「なるほど、なるほど。じゃがまだまだ青いのう政宗」
「むっ⁉」
義胤は不気味な笑みを見せる。まるで嫌な策を思いついたように。
「この事を直ちに金山城に伝えれば、あちらの指揮も上がる。貴様等のいない仮の部隊だと分かれば簡単に押し返せるわ!」
「それは不可能でしょう」
儂の隣にいた小十郎が口を開いた。
わかっている上で策を話したのだ。勿論、その後相馬がどう動くかも計算されている。
「お主……、片倉小十郎か」
「義胤殿、聞こえませぬか? 自然の鳴き声が」
「自然の鳴き声?」
耳を澄ませば微かに聞こえる爆発音。
と、同時にメキメキと何かが崩れる音と振動が伝わってくる。異変が起きているのは相馬軍が抜けてきた獣道からだった。
「き、貴様⁉ やってくれたな!」
ニヤリッと笑みを浮かべる小十郎。どうやら義胤も気付いたようだ。
小十郎は義胤達が通った狭い獣道の周りにある木を大筒で次々と薙ぎ倒す策を取った。これにより相馬軍は退路を断たれる。
勿論、それだけではない。
後方部隊を金山城に近づけさせない二重の封殺策。援軍を送れないのが分かれば指揮も上がらない。
流石は小十郎だ。
相手の二手、三手先を読む知略。味方ながら恐ろしい漢よ。
「…………」
右手に握っていた槍を上空でクルクルと回し、戦闘の構えを取る義胤。
それに続き後続隊も武器を取った。
この圧倒的不利な状況でも降参などしない。寧ろ退路を断った事で敵兵に火をつけたようだ。
「さ、流石は相馬武士……。全く怯んでおりませぬ」
「ふん、阿呆共が。潔く降参すれば無駄な血を流さなくていいものを」
儂は刀を抜き、義胤の部隊、先方隊に向かって突き出した。
「鉄砲隊、弓隊構えっ!」
号令と共に弓隊が弦を引き、鉄砲隊が目標に狙いを定める。
それでも臆さないのが相馬義胤五千の部隊。同じく槍を伊達隊に向けると、突撃の下知を部隊にかけた。
「突撃ぃぃ――‼」
「撃てぇぇい――‼」
遂に伊達と相馬による金山城を巡る最後の戦いが始まった。
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