伊達の姫②

「ありがとうございましたー!」


 私達は途中で人気のドリンク店に寄り、スムージーを購入した。

 私が柑橘と甘酒のスムージー、打音はバナナと豆乳のスムージーだ。


「姫。甘酒のスムージーって美味しいんですか?」

「ん、アンタも一口飲んでみる?」


 打音は私から柑橘と甘酒のスムージーを受け取ると、少しだけ口を付けた。


「――――!」


 口に合わなかったのか、せき込みながらスムージーを私に返す。

 早く口をスッキリさせたい打音は、自分のスムージーを勢いよく飲み始めた。


「アハハハッ! そんなに美味しくなかった?」

「うぇ……凄い発酵臭……! 姫、よくそんな飲み物毎回飲めまっスね……。私には無理ッス……」


「失礼ね、こんなに美味しいのに……」


 私の飲んでいるスムージーはかなり癖がある。

 

 酒粕から作られている甘酒のため、日本酒のような独特な風味と発酵臭。

 いくら牛乳で割ってあるとはいえ、人を選ぶ飲み物だった。


 私は再びストローに口を付けると、ポケットからスマホを取り出し素早い手つきで操作を始める。


『戦乱無双』。今全国で流行っているシミュレーション・アクションゲームだ。

 現在の日本では戦国ブームが再燃しており、ドラマや漫画、ゲームなど幅広い世代に盛り上がりを見せていた。


 流行を押さえるのは女子高生のたしなみ。

 素早くガチャ画面を開くと、ゲーム案内役のオリジナルキャラクター『鬮姫くじひめ』の頭部をクルクルとタップする。


「姫、何やっているんスか?」

「んー、おまじない。こうすれば金玉出るってマリモが言ってた」


 マリモとは私と打音の友人でもあり、ヤンキー仲間だ。

 彼女も戦乱無双をやっており、中々金玉の出ない私に自分流のオカルトを伝授してくれた。


 ちなみにこのゲームのガチャのレア度は金玉、銀玉、胴玉の順になっており、金が一番レア度の高い設定となっている。


「姫、オカルトなんて信じるタイプなんスか⁉ 全然そんな風に見えないっスけど……」

「信じないわよ、そんなの馬鹿馬鹿しい。でもここ最近めっちゃ運悪いのよ……。先月も金玉一回も出なかったし……。藁にも縋りたい気持ちとは、まさにこの事ね」


「ならもっと課金すれば済む話じゃないスか」

「馬鹿ね……。私はひと月の課金額は一万までって決めてるの! そんな成金みたいにポンポン出してたら面白くないじゃない! 限られた資源だけで勝利への道筋を模索する。それがゲームの醍醐味ってもんでしょ!」


 お金はいくらだってある。

 ガチャには天井(規定回数ガチャを回して金玉が出なかった場合、必ず金玉が出る機能)もあるし、本気を出せば数時間以内にコンプリートだって可能だ。


 だが、その金は私の金ではない。父親の金だ。

 洋服ブランドの『ジャンク デビル』にはアイツ父親の回し者が何人も買いに来ている。


 芸能人、グラビアアイドル、どこかのボンボン。そして、政界関係者。

 好きで買いに来ている奴なんていない。ただ、父親に気に入られたいだけ。


 そう思うと、売り上げの金のほとんどはアイツのものに思えてくる。

 操り人形になるのが嫌で、年頃の反抗も含めてこんな高校に入ったのに……。私は今でもアイツの掌で踊らされているのかもしれない。


 と、思うとお金だって使う気が失せる。

 私はささやかな対抗心を自分の父親に燃やしていたのだ。


「ニッヒッヒ、さーて十分なでなでしたし、そろそろ回すわよー!」

「狙いは誰なんスか? 今って去年やってた関ケ原イベントの復刻でしたッスよね⁉」


「そうねぇ……、やっぱりまだ持ってない『本多忠勝ほんだただかつ』と『立花宗茂たちばなむねしげ』かしら。巷じゃ人権キャラって言われる位性能がぶっ壊れているからね! 次いつ復刻するかわかんないし、そろそろどっちかひとり欲しいわ!」


 お願いだから出てくれ! もう今月の一万円は小判(ゲーム内でガチャに必要な通貨)へ変換済みなんだ!

 そう願いながら、私は画面内の『ガチャを回す』ボタンを押した。


 スマホの画面では可愛らしいデフォルメキャラの鬮姫がガラポンを回す。

 表示されたのは金色の卵だ。


「あはぁ! 金玉じゃーん!」


 願いが通じたのか、最後のガチャで引き当てたのは低確率の金玉。

 嬉しさから自分の表情がだらしなく緩む。


 私は何が出るのかワクワクしながら画面をタップする。


 現れたのは両手に銃を持った隻眼の青年。

 頭には誰でも一度は見た事がある三日月の前立ての付いた兜を被っている。


「うわっ……」

「あっ『伊達政宗』ッスね……」


 左手に持った拳銃をバンバンならしながら右手に握った刀を振り下ろす。専用のモーションが終わると共にユーアール(ウルトラレア)と書かれた文字が虹色に輝きだした。

 ちなみにウルトラレアはこのゲームで最高のレア度である。


「…………」

「まぁでも伊達政宗は当たりの部類ッスよ! 特殊攻撃の『覇王炎殺黒龍破』がチート級に強くてですね――」


「…………」

「……姫、聞いてるッスか?」


「私嫌いなのよ、コイツ伊達政宗


 打音が一生懸命伊達政宗のスペックを説明してくれているのにも関わらず、私は空気を読まずにその話をぶった切る。


「嫌いって……伊達政宗がっスか?」

「うん」


「あーでも好みは別れるかもしれないスね。伊達政宗の特殊攻撃は対武将用じゃなくてどちらかと言えば――」

「いや、そういう事じゃなくて……」


 人として無理。キモイ。それに生意気そう。

 私は罵詈雑言ばりぞうごんに伊達政宗をそう表現した。


「アハハ、すっごい嫌いじゃないスか! でも珍しいっスね、姫がそこまで言うなんて」

「そうかな?」


「そうッスよ。ちなみに嫌いな理由って聞いても大丈夫スか?」


 私は「いいよ」と一言返事で返す。

 私が伊達政宗を嫌いな理由。それはこの漢を表現するとある一言にある。

 

 十年早く生まれていれば天下を取れた漢。

 伊達政宗を説明する時によく使われるテンプレだ。


 幼少期に片目を失いつつも、若干十八歳で家督を継いで、数年で奥州の覇者になった。だけど……。


「北条と同盟関係だったのにも関わらず小田原には援軍として行かなかった。勝てないと分かったら豊臣秀吉にヘコヘコして、秀吉が死んだら次は徳川家康に鞍替えして。ダチも救えない、自分より強いからって簡単に諦める、そして平気で人を裏切る。人間のクズでしょコイツは?」

「そう……ッスかね。当時の事はよくわかんないっスけど、伊達政宗にも理由があったんじゃ……」


「ずん、私の口癖……憶えてる?」


 打音は少し考えたのち、はっきりと答えた。


「義に死すとも不義に生きず、でしたっけ?」

「そう! 私は絶対に仲間を見捨てない! 劣勢だって、負けるって分かってても私は自分の意思を絶対に曲げない。諦めない。それを破るぐらいなら死んだ方がマシよ!」


 それなのに……。それなのに……。

 

「それなのに何で――⁉ 折角の金玉だったのに! 今月最後の金玉だったのに――!」


 私の悲痛な叫びは歩道を歩く人達の脚を止めた。

 花の女子高生が路上で金玉金玉と叫んでいれば当然であり、皆心配そうな哀れな目で私を見ていた。


「ひ、姫⁉ 路上で金玉連呼しないでください! 恥ずかしいっス!」


 私に聞こえるよう、打音は極力小さな声でなだめる。

 それでも収まらない。声を上げ、足踏みをし、悔しさを身体全体で表現した。

 

 するとそこに私の声を聞き付けたのか、ひとりの男が私達の背後から突っ込んで来た。


「だったら死ねやー! この熱血女がー!」

「――――⁉」


 突っ込んで来たのは路地裏でぶっ飛ばし、ダストボックスに入れてやった北高の男子生徒だ。

 手にはナイフが握られており、隙だらけの打音を狙って襲いかかろうとしていた。


 蹴りを入れたいが間に合わない。

 素早く打音の後ろに回った私は突っ込んでくる男を押さえ、カウンターの頭突き顔面にお見舞いした。


 「しつこいよ! ストーカーか、アンタは!」


 砕けた歯と口から吹き出た血が宙を舞う。

 男子生徒は頭突きの衝撃で真後ろに勢いよく吹っ飛んだ。


「へっ! ざまーな――」


 突如崩れる私の両足。

 震えて力が入らない。


 よく見ると腹部には男の握っていたはずのナイフが刺さり、ひざ元には赤い水たまりが徐々に広がっていく。


「あ……あぁ……⁉」

「ギャハハ! やっぱり庇うと思ってたぜ、この間抜けが!」


 歯が折れた口を押さえながら、高らかに笑う。

 これは非常事態。そう感じ取った通行人のサラリーマンやお店の人間が飛び出し男子生徒を地べたに押さえつけた。


「やっば……、しくったわね……」


 止まらない出血。刺された所が悪かったのか、血だまりはどんどんと広がっていく。

 耳元で打音が泣きながら救急車と叫んでいるが、不思議とうるさく聞こえなかった。


 意識が朦朧とする。

 ああ、これが死ぬということなのだろうか。


「これは罰……? 喧嘩……ばっかりして、馬鹿なみんなと……好き勝手やって、アイツの期待を裏切った罰……なの……かな」


 直近の楽しかった事と、少しだけ気にしていた事が脳内で交差する。

 これが走馬灯なのだろうか。まるで自分の心を覗いているようだ。


 最後に移るのは緑色の髪の少女。

 名前は……なんだっけ?


「あぁ……、思い……だした。馬鹿……、弱……虫……、でも……大……事な……友……――――」


 魂が抜けたかのように、ダラリと血だまりに手が落ちる。

 打音の悲鳴と男子生徒の笑い声はもう耳には入らない。


 私の意識はゆっくりと、そしてあっけなく暗闇の中に呑まれていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る