竜と蓮

髭猫Lv.1

第一章 お家騒動編 第一話 伊達の姫①

「はぁ……、何? もう終わり?」

 雑居ビルの間と間にある裏路地。ゴミ袋などが散乱しており、お世辞にも綺麗な場所とは言えない。

 

 そんな人っ子一人通らないであろう狭い通路の中から聞こえる声。裏路地を通ると、そこには雑居ビルの裏口に通じる道がひとつだけ存在する。

 倒れている男がふたり、辛うじて膝をついて体勢を保っている男がひとりと、隣には今時のオシャレをした女子高生がひとり。女子高生は恐怖からか、身体が震えている。

 そして、そのふたりを見下すかのように、冷たい視線と腕を組んだ女子高生。その陰に隠れる、同じ服を着た女子高生の合計六人がその空間には存在した。

 

「グッ!くそが……」

「たっちゃん! 大丈夫⁉」

 脇腹を押さえた男を助けようと、オシャレな女子高生は近づく。それを見ていた腕を組んだ女子高生は、慈悲も無い鋭い眼光で男を睨みつけている。

 

「ごめんね、痛かった?」

 とても心配しているような声には聞こえない。そう放った女子高生はゆっくりと、男の前に歩き出す。裏口の街灯の僅かな光が彼女を照らすと、可愛らしいピンク色のツインテールが姿を現した。

 

 彼女の名前は陽徳院ようとくいん愛華まなか。日本を代表する財閥『陽徳院グループ』、総代表である陽徳院政則まさのりの長女として、この世に性を受ける。

 優秀な血筋故に、学力やスポーツでは常にトップクラス。更に、茶道や華道などの伝統芸能もこなす、ハイブリット令嬢である。

 それなのに、彼女が着ている制服は一般高の制服だ。それに素足でローファーを履いており、とても育ちが良い感じの女の子には見えない。

 

 彼女は飽きていた。子供の頃から陽徳院流英才教育を叩き込まれ、何不自由なくここまで生き、すべてが親の力で抑えつけられてしまうこの世界に。

 だが、そんな彼女に転機が訪れた。

 世界の金持ちが集まるエリート中学校で、とあるイジメを目撃した。イジメにあっていた子は、親の会社が経営難で、それを理由にイジメを受けていたのだ。

 くだらない。と最初は思っていたのだが、気付いた時にはイジメっ子に手を挙げていた。

 

 当然校内で問題になったのだが、そんなのは父の手によってもみ消されてしまう。恐らくお忍びの従者が告げ口でもしたのだろう。怒られるものかと思っていたが、「余計な事をするな」の一言で片付けられてしまった。

 だが、この一件で彼女に特別な感覚が芽生えてしまう。

 

(うぅ……き、気持ちいい!)

 人を殴った時に芽生えたあの感覚。暴力、制裁、鉄槌。今まで感じたことが無い高揚感、麻薬のように身体にいつまでもまとわりつく。

 中学を首席で卒業した愛華だが、高校は一般高を受けた。それも県内で荒れているで有名なヤンキー校。

 勿論反対されたが、適当な理由で半ば強引に父を説得した。

 そして、今に至るというわけだ。

 

「姫……、ごめんなさい。私のせいで……」

 後ろにいた女子高生が弱々しく涙を流し、愛華に向かって謝っている。

 

「まったく……。ずんは喧嘩弱いんだから、相手の挑発に乗っちゃダメよ」

 ずんと呼ばれた涙を流す少女。名前は小豆あずき打音うちね。愛華は彼女を「ずん」というあだ名で呼んでいた。

 愛華は更に、膝をついている男に近づく。

 

「で? たっちゃん、まだやるの?」

「バケモンがぁ……、調子乗りやがって!」

 男は立ち上がると、ポケットから折り畳みナイフを取り出し、愛華に向かって刃を見せつける。

 

「ちょっと、たっちゃん⁉ そこまでしなくても」

 さっきまで男を庇っていた女の子が、刃物を取り出した瞬間青ざめ、止めようとする。

 

「うるせー! 女にここまでやられて黙ってられるか!」

 男は血気に溺れているのか、ナイフを愛華に向けたまま睨みつける。ナイフを握る手は、小刻みに震えている。

 

「うわぁ……ダッサ。たっちゃん、手震えてるよ。怖いならナイフ離したら?」

「さっきからよぉ……。たっちゃん、たっちゃん、うるせーんだよ! オメ―は俺の女か何かかよ⁉」

 男の声に、愛華の耳がピクリと反応する。

 そう叫びながら、男はナイフの刃先を愛華に向け、勢いよく突っ込こんだ。

 が、残り人一人分辺りで男は真横に吹っ飛び、裏口に設置されていたゴミステーションの中にぶち込まれてしまう。

 

「ジョーダン。私、獣と付き合う趣味はないんだ」

 片足で立ちながら、彼女はそう言い放つ。目で追えないほどの強烈なハイキックが男を襲ったのだ。

 

「出た……。姫の十八番『脳天旋風脚』」

「何それ、ダサ……」

 ずんが考えた技名に、思わずツッコんでしまう。愛華は男の連れである、同じ学生服を着た女子の方に視線を向ける。

 

「で? あんたもやんの?」

 連れの女子は首を横にブンブンと振る。戦意喪失しきった情けない顔をしている。

 

「そう。ずん、用事も済んだし帰るよ」

「あー姫! 待ってくださいよー!」

 愛華とずんは路地裏に戻り、その場を去る。

 


 すっかり夜になってしまった街で、愛華とずんは一緒に歩道を歩く。少しばかり歩くのが速い愛華に、時々早歩きでずんが追い付く。

 

「姫、さっきはありがとうございました!」

「別にどうって事ないわ。私も最近暴れ足りなかったから、丁度良い運動になったわ」

 そっとを横目で見る仕草に、ずんはドキドキする。

 容姿端麗、富貴栄華ふうきえいが。誰もが憧れる理想の女性。

 それでいて喧嘩も強い、完璧だ。

 

「あの……、姫はなんでこんな危ない事をするんですか? さっきだって、一歩間違えれば刺されていたんですよ」

「…………」

「どうしてこんな所にいるんですか。姫はこんな薄汚い、醜い場所にいちゃいけないんですよ……」

 二人の足が止まる。歩道の通りはそこまで多くなく、通り過ぎる人達は止まる二人を避けて横を歩いて行く。

 

「前も言ったじゃない、私は喧嘩が好きなの。人を殴った時に感じる肉の感触と骨の衝撃、あれが好きだからここにいるって」

「でも学校じゃ、姫から喧嘩売りになんか行かないじゃないですか」

「……そうだっけ? 憶えてないわ」

「中学校の時もそうでした。高校に入ってからもみんなの味方で。優しいんですよ。だから、姫はここにいちゃいけないんです」

 顔を俯きながら、暴力を語る彼女を否定する。悔しさや情けなさからか、両手でスカートを握りしめ、折角の制服がシワになっている。

 それを見た愛華は、ずんのおでこにデコピンを一発お見舞いする。

 

「アイタッ⁉」

「ずんのくせに生意気」

 デコピンの衝撃で、俯いていた顔が上がる。愛華の顔は、ずんの反応が面白かったのか笑っている。

 

「仲間がピンチなら助ける。当たり前じゃない」

「でも……」

「だったら、ずん。アンタは強くなりなさい。私の助けがいらないほどに。この話はこれでおしまい!」

 そう言うと、両手を叩き話を切る。しみったれた話は好まない。

 過去の行いを美化したい訳ではないが、見てくれていたずんに感謝はしている。

 

「今日読んでる漫画の最新刊が発売してるの。ずん、アンタ付き合いなさい」

「……っはい!合点です!」

 二人は近くにある本屋へ入って行く――。

 

 

 ――二十分後。

「ラスト一冊、あって良かったわ」

 ホクホクとした笑顔の愛華。早速買った本を紙袋から取り出し、本の匂いを嗅いでいる。

 

「姫は相変わらず紙派なんですね」

「当然よ。電子では味わえない、紙とインクの独特なスメル。最高だわ」

「でもわかります。紙の匂いって何だか落ち着きますよね」

 彼女の買った本は『覇道無双』の最新刊。各戦国大名達の覇道がぶつかり合う、戦国バトル漫画だ。とても花の女子高生が見そうな内容には見えない。

 

「姫ってホントこういうバトル系好きですよね。お気に入り武将っているんですか?」

「お気に入り? みんな好きよ。時代さながら独特な感性、知略、政治。中々コレ推しって言うには難しいわね」

 そう楽しそうに、ずんへ語る愛華。

 

「あっ、でも嫌いな奴ならいるわ。伊達――」

 そう語ろうとした時、後ろから雄たけびを上げながら突っ込んでくる男。手にはナイフを握りしめている。

 狙いはずん。愛華は咄嗟に身体を前に出す。

 ずんに向かうはずだった男を止めて、頭突きで顔を押し潰し、その場から距離を取らせる。

 企みを阻止したはずなのだが、男は気味の悪い声で笑っている。

 

「ギャハハ、やっぱり庇うと思ってたぜ! 間抜けが!」

 よく見ると、数分前に裏口で吹っ飛ばした男だ。フードを被っていたので、取れるまでわからなかった。

 

「し、しつこい男は嫌われるわよ」

 息が上がった愛華の声。普段こんなのでは疲れないはずなのに。

 渾身の回し蹴りが男を襲う。

 吹っ飛ばされて身動きが出来ない男を、周りの通行人達が取り押さえた。

 

「ざまーない――」

 突然崩れる脚。力が入らない。初めての感覚。

 隣ではずんが泣きわめいている。うるさいはずなのに、不思議とそうは感じなかった。

 

「救急車! 救急車誰かっ!」

 救急車。何を言ってるんだずんは、と自分の腹部を確認する愛華。

 お腹には男が握っていたはずのナイフが刺さっており、その周りを赤く滲ませ、太ももから流れ落ちた血液が血だまりを作っている。

 

(うそ……もう意識が……、途切れる……)

 意識が朦朧もうろうとする中、瞼に涙を溜めながら、隣で必死にずんは何かを叫んでいる。最早何を言っているのかわからない。

 

(泣かないでよ……、ずん。そんなんじゃ私……、死ねな――)

 ずんの顔を触ろうとした、愛華の手が地面に墜ちる。

 その場に残ったのは、あざ笑う男の声と、それを上回るずんの悲鳴だけだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る