第5話(お題:旅)
実家はとにかく部屋数が多く、あたしの使っていた子供部屋はそのままの形で残されていた。埃が積もったりしていないのを見るに、たまに掃除してくれているのだろう。
デスクにへたったクッションを置き、上にルネを安置する。ずり落ちないよう加減を調整してから、あたしはベッドに入った。
沈黙。温室から出るときには、ルネは目を閉じて眠っている様子だった。頬に一筋つたった涙の跡には気づかないふりをして、そっと抱えて父について戻ってきたのだ。
「ルネ起きてる?」
「…………」
「なんか言えよ」
「…………」
ち。なんだ本当に寝たかよ。そう思った瞬間、デスクの方から声がした。
「なんでしょうか」
「起きてんじゃん」
「……今起きまして」
「あっそ。まあいいや。あんさぁ……新幹線、どうだった」
仕方ないこととはいえ、バスタオルぐるぐる巻きで狭苦しいリュックの中は申し訳なさがある。
「ああ、おかげさまで快適でした」
「あれが? 毎回言うよな」
「ほとんど揺れませんしねぇ。わたくし、以前は船でこの国にやってきたのですが……あれはなかなか」
「船酔いしたのか」
「はい」
「そりゃかわいそうに」
生首って気持ち悪くなったら吐くのかな。あたしは黒く炭のようになったルネの断面に思いを馳せた。
「なんかさあ……いつか旅行行きたくない?」
「どこへ?」
「温泉とか」
「温泉……」
「あんたは楽しめないかもな」
吸血鬼ゆえに、日中の観光地を出歩くこともできない。まあそれ以前に首だけの人間だったところで無理があるか。
「行ってらしていいんですよ? わたくしのことはお気になさらずに」
「いや、あたしはあんたと行きたいんだよ」
せめて身体があればいいのにね。そう言うと返事がなくなった。寝た? 身体を起こしてデスクを見遣ると、ルネは少し困ったような顔をしていた。
「いやごめんて。その……まあ、なんだ。そのままでもなんとかなる旅行先調べとくからさ。そしたら付き合ってくれよ」
「……それはまあ、喜んで」
「よかった。じゃあ、おやすみ」
「おやすみなさいませ」
ルネと、普通に旅ができればな。本当にせめて身体があれば……吸血鬼であることはどうにもならないけど。
でも考えたら夜行バスとかって朝に着くよな。日中の移動でルネを守っておけるのは、あくまでルネがコンパクトな首だけスタイルでいるからなので……つまり、こいつ、首でいた方が旅行しやすいってことか……? そうだ身体があれば運賃も宿泊費も倍になるぞ。
そんなことを黙ってぐるぐる考えている間に、あたしはいつの間にか眠りに落ちていた。
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