呪文
塚元くんは朝が弱い。仕事に出かける時、いつも塚元くんに向かって「行ってきます」と言うけれど、塚元くんは「行ってらっしゃい」と答えてくれることもあれば、「おー」とか「うん」とか、眠そうに声を漏らすだけのこともあって、これは例えば私と塚元くんがごく普通の、一対の人間同士だったとしても、意思の疎通はたぶん難しいものなのだと思う。
それにしても「行ってきます」には、やっぱり「ちゃんと帰って来るね」という類の気持ちを込めているのだから、きちんと答えてほしいなと思うところがある。
言葉には力があると言う。
「塚元くんが私のものになりますように」と願ったことで今の事態が引き起こされているのだとしたら、あの時の神様に同じようにお参りをしたら、もしかして……と思うことも無くはない。部屋の鍵を閉めて、マフラーの首元をすくめて歩き出す。今朝も気温が低い。そろそろダウンコートを出そうか。
でももし本当にそうだとしたら。スニーカーで階段を降りながら考える。その場合、塚元くんはどういう状態になるのだろうか。どんな言葉で祈れば、私の望む形で、塚元くんを手に入れることが出来たのだろうか。
胸の中で呪文のように、何通りもの願いを考えてみる。
美咲から連絡があったのはそんな事を考えていた折のことだった。昼休みの刹那、私たちは手短に挨拶を交わす。
「今度の祝日お休み? ねぇ、あの神社に行ってみない?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます