呪文

 塚元くんは朝が弱い。仕事に出かける時、いつも塚元くんに向かって「行ってきます」と言うけれど、塚元くんは「行ってらっしゃい」と答えてくれることもあれば、「おー」とか「うん」とか、眠そうに声を漏らすだけのこともあって、これは例えば私と塚元くんがごく普通の、一対の人間同士だったとしても、意思の疎通はたぶん難しいものなのだと思う。

 それにしても「行ってきます」には、やっぱり「ちゃんと帰って来るね」という類の気持ちを込めているのだから、きちんと答えてほしいなと思うところがある。

 言葉には力があると言う。

「塚元くんが私のものになりますように」と願ったことで今の事態が引き起こされているのだとしたら、あの時の神様に同じようにお参りをしたら、もしかして……と思うことも無くはない。部屋の鍵を閉めて、マフラーの首元をすくめて歩き出す。今朝も気温が低い。そろそろダウンコートを出そうか。

 でももし本当にそうだとしたら。スニーカーで階段を降りながら考える。その場合、塚元くんはどういう状態になるのだろうか。どんな言葉で祈れば、私の望む形で、塚元くんを手に入れることが出来たのだろうか。

 胸の中で呪文のように、何通りもの願いを考えてみる。


 美咲から連絡があったのはそんな事を考えていた折のことだった。昼休みの刹那、私たちは手短に挨拶を交わす。

「今度の祝日お休み? ねぇ、あの神社に行ってみない?」

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