猫
あの時は助かったと、思い出すたび何度でも礼を言う男は、まぁ変な男だった。何しろ生首。それが空き地に転がっていて、猫に狙われて助けを求めていたのだ。
和菓子、と書かれたのれんが早朝の冷たい空気に揺れている。それを片手でそっと退けながら店内に足を踏み入れた。ピロリローン、と間の抜けたチャイムが鳴って、店の奥に来客を告げている。
ガラスケースの中にはお菓子が数種類、少量ずつ並んでいて、その横に置かれた丸椅子の上で三毛猫が静かに眠っている。ずいぶんと大人しい。店先から逃げたりしないのだろうか。
「はいはい、何を差し上げましょう」
店の奥から割烹着に袖を通したお婆さんとおばさんの間くらいの女の人が出てきた。上気した頬。よく通る声をしている。
「オススメはどれですか?」
こちらの容貌をサッと目で撫でてから、すぐにショーケースへと移す。
「お茶請け? なら、うちはどら焼きがウリよ。あとはね、亥の子餅が今月限定だね」
「じゃあそれを二つずつ」
亥の子餅、というのはどれなのか、分からないまま声に出す。なんでも良いのだ、どうせ吐いてしまうかも知れないのだから。
お菓子を包んで貰う間、眠り続ける猫の腹が、ふくぅ、ふくぅと上下するのを見る。生き物の居る暮らしは丁寧っぽく思える。たっぷりと量があり、艶の揺れる毛並みを見ながら、帰ったらあの男の髪を洗ってやろう、と思った。
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