月の美しい夜だった。

 数年に渡る不倫の恋の果てに、相手の奥さんが職場に怒鳴り込んでくるという安っぽい昼ドラみたいな結末を迎えて、それまでの生活を手放して逃げ込んだ遠く離れた町の、いわゆる場末のスナック。客はほとんど皆顔馴染みで、ホステス達は温厚で、一様に頬をふっくらとさせていた。

「この店に来たらね、アンタみたいな女でも、たちまち中世ヨーロッパみたいな身体付きになるからさ」

 先輩ホステスがそう言うのに反して、私の体型は一向に変わることがなかった。

「胃下垂なのかしらねぇ」

「若い子は代謝がいいんじゃない?」

 首を傾げるのに愛想笑いを返して、店のトイレでこっそりと胃の中のものを全て吐き出してしまう。店のママの手料理は確かに家庭的で美味しいと感じたけれど、それと同時に、グロテスクのようにも見えた。これは、私側の問題だ。

 その晩は美しい三日月で、千鳥足でアパートに帰る途中のことだった。空ばかり見ていた私は何かに思い切り躓いて、大きな悲鳴をあげながら、夏草が伸び放題の草むらに盛大にひっくり返った。

「ごめん、大丈夫?」

「大丈夫じゃないわよ!」

 衝撃のままに叫び返した声の先。そこには男の顔がひょこりと鎮座していた。

「……はぁ? なにそれ? 何のつもり?」

「何のつもりって言うか」

「……言うか?」

「……困ってるんだ」

 困ってるのは私の方、というのは言葉にならなかった。何故ならば相手は生首で、どこから見ても困っているようにしか見えなかったからだった。

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