流行
「また紅茶を飲みに来てもいい?」
玄関口で靴を履いてから振り返ると、篠崎さんは一瞬だけ唇を曲げた。
「いいけど」
「やった。それじゃ、またね」
「またな」
ふたりに手を振ってドアを閉める。殺風景なマンションはその建物自体がどこか篠崎さんに似ているように思えた。
篠崎さんの部屋は、篠崎さんらしさでいっぱいだった。戸棚にはこっくりした色合いの小さな缶が並び、そこには何種類もの紅茶の茶葉が入っているらしかった。壁に貼られたレターラックから新宿御苑の大温室のリーフレットがはみ出していた。本棚にはレシピ本が数冊あって、どれも「簡単」や「手軽」の文字が踊っていた。篠崎さんの部屋は、居心地の良い部屋だ。良いものを見たなと思う。
アパートの外階段をのぼる。パンプスのヒールがカンカンと遠慮のない音を立てて、それだけで日常を感じた。ひび割れたコンクリの廊下を、錆びた手摺に服を引っ掛けないように歩く。
「ただいま」
「おかえり」
古ぼけた畳の上で男が言う。張りのない声だと思いながらハンガーラックの中にバッグを丁寧にしまう。
「ねぇ、生首っていま流行ってるの? 今日さ、居たんだよね、友達の家にも」
「へぇ、それは奇遇だね」
男の生首は顔の皺を動かした。たぶん、笑ったみたいだ。
彼にもプリンをあげてみようか。塚元くんの生首の色艶の良さを思い出しながら、そんな事を考える。
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