だんまり
マンションの自分の部屋のドアを開ける時、指先にぴりりと痛みが走った。静電気だ。空気が乾燥していることを実感しながらドアを押し開けて部屋に入る。
「ただいま」
私が言う。
「おかえり」
塚元くんが応える。
同居三日目で既に奇妙にリズムが出来上がってきたように感じる。変なの。とは思うものの、事実として塚元くんの生首はここにある。
「なんかいい匂いするな」
「コンビニで肉まん買ってきた」
「おお! 素晴らしい!」
塚元くんは嬉しそうに目を輝かせている。そうだよね、生首なんかになっちゃうと、食べるか喋るくらいしか楽しみがないのかも知れない。学生時代の塚元くんは確か、サッカー部だった。首から上だけじゃボールを蹴ることやフィールドを走ることはおろか、リフティングすら出来ない。出来るとしたらヘディングか。でもそれって何だか虐待では。
私は、自分が手にしたサッカーボールを塚元くんの頭目掛けて放る所を想像してみる。うん、虐待だ。やめておこう。
肉まんはまだ温かい。半分に割ると湯気がたっぷり出た。少し冷ました方が良いかも。
「旨そう!」
「レジ横にこれが並ぶと、秋が来た! って感じするよね」
「するする!」
一口サイズにちぎった肉まんを塚元くんの
口の前に運んで「はい、あーん」とする。肉まんを放り込むと塚元くんは嬉しそうに咀嚼を始めて、私はその様子をしげしげと観察してしまう。
確かに私はご利益抜群の神社さんで「塚元くんが私のものになりますように」と強く願った。そしたら年月をだいぶ経たとは言えこれが現れて、願いは叶ったことになる。だって、いまや塚元くんは私の帰りを日がな一日待っているし、話し相手は私しかいないし、こうして食べ物を運んであげないときっと飢えてしまうのだろう。でも、何で生首? むしろ、首から下は今どうなっているんだろう。
「ねぇ」
「ん?」
「……塚元くんの、首以外の部分ってさぁ」
もしかしたら失礼になるかも知れないし、慎重に疑問を呈してみる。
肉まんを嚥下した塚元くんは、そのまま口を閉じている。少し難しそうな顔をして、私から目線を外した。やっぱりこれは不快になる質問だったのか。窓の外でカラスが「カァ」と鳴いた。どこかでもう一羽が「カァ」と鳴き返す。
「……あの、」
ごめんね、と謝ろうとした瞬間、塚元くんからため息が漏れた。
「取れた」
「えっ、とと、取れたって……?」
「上あごに付いた肉まんの皮」
今度は私がだんまりを決め込む番だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます