我の孤独と 第一部 第一章

 我の孤独と


 おれも『ひも』んがあろっか。

 世界は『ひも』でできてるがあろっか。


 おれをちようあいしてくれた三人の家族はみんな『世界はひもでできてる』っていっとったけれどもおれには猫は猫にみえるし犬は犬にみえるし世界は世界にみえるっけえのお。

 陰陰滅滅たる誕生からかんどくの運命らったおれも三人の『ちから』のかげいんもうの人間の『きずな』っていうがあろっかのおそんなものがわかった気持ちになってそんなふうにおもうと『世界がひもでよかった』ともおもえるがあよ。

 おれが誕生したのは多分へきすうたる新潟県長岡市のどっからろうとおもうがあけれども結句おれの両親の名前もおれの両親のふうぼうもおれにはわからねえかったのお。

 おれはじゆんこうかいの長岡市の浄土真宗の古刹『まんぷく』で成長したがあけれども厳密には『まんぷく』の子供じゃなかったがあよ。

 陰陰滅滅たる誕生からかんどくの運命らったっていったけれどものおもうまいなる幼少期のおれときたらきんじやくやく狂喜乱舞ちよつ『あたまのせんがたんねえがあねえか』というふうにかいわいの大人たちにざんぼうされるくらい元気はつらつたるおなごだったがあて。

 おれにしてみりゃあ『まんぷく』の住職様が正真正銘の父親であって萬一にも『本統の両親』がほうはくたる世界のかに存在するなんておくそくすることさえなかったがあな。

 いまじゃあいつなんどき『まんぷく』の住職から『本統の両親』についてでんされたかあいまいとしているがあけれども多分『みずからのしようがい』というがあか『みずからの個性』について人並みにこうかくする時宜が到来して『まんぷく』の住職様に尋問したんじゃねえろっかのお。

 浅学非才のおれの記憶によれば『まんぷく』の住職様は「ちよつまってなさい」といってのおおれをせいひつたる本堂にきようどうしてのお古色そうぜんとしてきんぱくはくらくした仏像様のまえではいしてなにやら神聖ぼうとくすべからざる仏様かさつ様か観音様かにきよくてんせきとして尋問しているふうぼうだったがあて。

 そうかんまんする微笑をうかべた住職様はぎよう混濁の仏像様のまえでいんぎんに正座しながらおれをかえりみて「にすわりなさい」といったかのお。

 わかのおれは「わかりました」といいながら滅紫色の座布団のうえで正座したりぎようしたりおうしたり無礼千萬の様子で静聴していたがあけれどもかんたる住職様いわくようなことらったがあよ。

 ひつきよう西暦一九二五年いんうんたる熱気のまんした真夏おれの住民票をりゆうらんしたところ誕生生年月日が八月某日となってるっけえそげなころらとおもうがあけれども豪放らいらくたる先代の住職様がかくしやくとしていたころらのおさんらんたる早朝から『まんぷく』のかいわいほうこうしている浮浪者がいたそうでのお先代の住職様は「供物泥棒かのお」などとおっしゃっていたそうらけれどもおれをそだててくれた住職様はなる感慨にひようされたらしいのお。

 えんせいいんとん者みてえな襤ぼろてんじようさせた悪臭ふんぷんたる浮浪者は一日中『まんぷく』のかいわいはいかいしていたそうらよ。

 やがしんいんひようびようたる逢魔時がやってきて八面れいろうたるげつぱくの真夜中がやってくるとやくやくくだんの浮浪者が『まんぷく』の門前にてきちよくしたらしいのお。

「おっぱらってくれ」と先代の住職にいわれた住職様がきつきゆうじよとして浮浪者を籠絡しにゆくと浮浪者いわく「おれと仲良くなったじきがおなごを産んだがあけどもおれらは貧乏らすけえお寺さまでそだててくんねえかのお」ということだったらしいがあよ。

 きよくてんせきとした住職様は「ようなことならば御話をうかがいいたしますほとけさままもりくださりましょうからどうぞ本堂のほうへいらしてくださいおなかもへっているでしょう」などというたらしいのお。

 巨億のぼしが明滅していたきゆう窿りゆうあいたいたる暗雲が垂籠めてごうぜんたるしゆうが猛襲したらしいがあて。

 しゆつこつたる豪雨でこゑがさえぎられたがあけれども「おれたちはしようがい――あって――この子も――しようがい――かもしれねえけれど――元気らけえ――おねがい――名前は――」などこくそくたる浮浪者は住職様におれを譲渡してこうもう遁げていってしまったらしいのお。

 結句おれの『本統の名前』どころか浮浪者の足跡もわからねかったがあけれどもこうまいなる住職様は先代の住職の理解もあっておれをかんようしてくれることにしたらしいがあよ。


 ほとけさまは大変なものらのお。

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