生と死と 第一部 第一章

 生と死と


 おれさまには『ひも』にみえちまう。

 世界のすべてが『ひも』にみえちまう。


 相変わらずごうしやなる文化住宅の居間にて巨大なるTVの画面がはんぶんじよくれいのNHKの教育番組を放送していてまずさいたるニュース速報のテロップがながれつづいてやくやく『先程の激震』をでんするてんいの臨時ニュース画面にきりかわった。

 予定通りへいするはずの二十一歳になった不彀本ぽこぺんのおれさまの人生はけつけつたる『ひも』に狂わされてけつけつたる『ひも』のかげで予定通りに全うできることとなったんだ。

 おれさまにはてんじようきゆうの世界の森羅万象は紅蓮色に明滅する無尽蔵にちいさい『ひも』の団塊にしかみえねえからおれさまにとってほうはくたる世界は平等にせんしやくしていて平等にくずだった。

 さらにはもうまいなるおれさまは無尽蔵の世界がひもでみえるっちゅう能力によって『ひもの未来』つまり『世界の未来』ひつきよう『自分の未来』までみえるっつう霊威まで獲得しちまったんだ。

 でみえた『おれさまの人生の最期』にいまおれは臨んでいる。

 ようなる悪臭ふんぷんたるじんかいの世界で唯一無二『特別に愛するひものかたまり』をぼうぎよするためにおれさまは死のうとしてるんだ。

 いんもうの未来が確定しているおれさまはてんしんらんまんなる物心がついたころから死ぬほどみてきた『自分の最期』を演じる役者かかいらいとなっていんの『特別なるひものかたまり』を抱擁していた。

 意想外に明鏡止水の感慨がうつぼつとなったおれさまはかくねんしようとして『特別なひものかたまり』に最期の挨拶をした。

 いんげきとうは『もう一度くる』はずだったからだ。

 かのじよは顔面そうはくとなっておうじやくなるひやくがいきゆうきようしんとうさせおれさまのくそみてえな露命をじゆつてきそくいんしてくれた。

 もうどうでもよかった。

 ただおれさまのなる能力でかのじよの『ひも』からでんされた『未来』の映像によってきようこうかのじよが体験するであろうけいどくなる人生がかいられちまってきようしんうつぼつとなったおれさまは不意に一滴のなみだをながしちまった。

 いんのなみだの『ひものかたまり』のなかにりおれさまは『未来』をみたぶんがした。

 めいちようと確定された『未来』の映像では先程までかいなるTVに出演していたほうばいかげきゆうじゆつされる全人類のすがたと幸福なる死後を『生きる』特別なるひものかたまりのふうぼうがみえた。

 畢におれさまは『死後の世界』までみちまった。

 もうなにもざんざんすることはねえ。

 いんの巨億の紅蓮色にかがやく『紐』のかたまりにすぎない一滴のなみだがひびれた床面にせいひつと衝突して羅利粉灰に飛散した刹那だった。

 第二波がきた。

 おれさまは特別なるひものかたまりが傷附かねえように悪趣味きわまりねえけんらんごうなる座布団のうえにぎようさせた。

 が一番安全とはいえなかったがかのじよのことを最優先するとこの方法しかなかったんだ。

 おれさまはそうそうろうろうとしてつんいになるかたちでかのじよのうえにおおいかぶさった。

 ふたたび巨大なる文化住宅がごうぜんたる破裂音を交響させはじめてぶっこわれた電信柱があんたんたる宵闇の窓外にてこうそうと明滅しはじめた。

 たいたるおれさまにはかいなる文化住宅ぜんたいの構造はよくわからなかったがやらしようしやなる二階へのせん階段が複雑怪奇なる建物ぜんたいの中枢を構築しているようで高級だかなんだからねえ古今東西の名画がはりつけにされた廊下の方角でくだんのせん階段がほうはいてんとうするごうおんとともに文化住宅ぜんたいが一斉に崩壊しはじめた。

 おれは死ぬんだ。

 死ぬのって痛えのかな。

 神秘的なる一刹那だが半径四六〇億光年の世界が完璧なる静寂に抱擁されたぶんがした。

 おれはすでにえいしたのかとおもったがようなる夢幻も造次てんぱいにすぎずまずかくりようたる居間の窓がらそれもかのじよの趣味なのか否か半透明のステンドグラスとなっている窓がらきゆうそうたる雑音をかなでてくだけちってしまった。

 めいちようたる濃淡のかいれいなるがらかけがおれさまの背中にふりそそいできていくばくかが襟首につきささる。

 これくれえならってこたあねえがつづいてはくの天井が絢爛豪華なるシャンデリアごと墜落してきておれさまの背中をきよう猛に圧迫してきた。

 いんの天井の木材による圧迫で先程おれさまにふりそそいできた窓がらの破片が一斉におれさまの背中につきささった。

 るいじやくなる脊椎と神経系統をつうじておれさまの脳髄にとうつうがかんじられる。

 まだまだだ。

 まだ死ねねえ。

 ようにおもった天井のうえに位置する二階のはりらしい木材が怪鳥の絶叫じみたごうおんとともにせつだんされたらしくはくの天井を貫通しておれさまの背中に猛襲してきた。

 醜悪に湾曲した木材の先端はおれさまの背中の皮膚と筋肉をつきやぶっておれさまの肺臓を羅利粉灰にした。

 このままじゃあ木材がかのじよにまでつきささるとおもってこくそくとした刹那だったがくだんの木材はおれさまのぜいじやくなるろつこつわいきよくさせながらぎりぎりでようそく阻止されてかのじよを傷附けることはなかった。

 おれさまは最期になにかいわなきゃとおもった。

 なにかをかのじよにつたえなきゃならねえとおもった。


『それにしてもおれさまの人生はなぜこうなった――』

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