天と地と 第一部 第三章

 愚生の『ひも』の『記憶』によると西暦一八八八年に誕生した愚生の父親も陰陰滅滅たる幼少期より『世界がひもでみえる』能力があつたやうだ。

 ようちようたる愚生の祖母にあたるひとりむすめは再婚し頭脳めいせきなる再婚相手とのまつえいたる子息が『まんぷく』の後継者となつたのち妖艶いんなる祖母が結核でへいしたがために愚生の父親は鰥寡孤独の運命にきようどうされていつた。

まんぷく』に居候となつた愚生の父親はじんぜんたるえいきよけみしながらもこうしのがんがためのりようを享受せんとしてゐた。

 西暦一九〇六年にはつじんした『長岡花火』を観賞した愚生の父親は『世界がひもでみえる』能力を発揮してべつけんしただけで『花火の構造』をしついくばくかのえいきよけみしてしよくそうぜんたる長岡市内の花火職人の仕事場にほうちやくした。

 はんぶんじよくれいの義務教育制度が存在しなかつたがゆゑに天衣無縫の児童らも幼少期から職人のもとになることもおおかつたものの弱冠十代の少年にすぎぬ愚生の父親はがんめいろうなる花火職人たちからえんされて「おめさんみてえな素人のる場所ぢやねえ」などひんせきされたやうだ。

 やがて「ぢやあためしにつくつてみろ」といはれた愚生の父親が熟練の職人たちのまへで花火をこしらへたところかいなる花火の構造は見事でしゆもなくさんらんたる長岡花火の職人にちゆつちよくされた。

 愚生の父親の花火は『玉のすわり』『盆のとりかた』『消えぐち』『ひろがり』『色』共共げいじゆつ的なるうんおうをきはめたもので造次てんぱいもなくけんらんごうなる長岡花火の『蔭』の英雄となつた。

 旧弊を墨守する花火職人の統領もさんぎようしてみずからの四きやうだいのうちのまなむすめのもとに婿入りさせて伝統ある花火職人の統領の玉座に鎮座せしめむとする。

 花火職人のまなむすめとのあいだに愚生が誕生してたまゆら西暦一九二五年の長岡花火で『世界がひもでみえる』能力により熟練者であつたはずほうばいの花火が『不良品』だと勘附いた愚生の父親はざんすべきことにすでに点火されてゐた『不良品』の花火を抱擁しあんたんたる宵時のれんえんたる信濃川にほうてきして消火せんと疾駆しはじめた。

 けんこんに冠絶する花火職人となつてゐた父親はびようまんたる信濃川のほとりほうちやくする間際に『間に合はん』ことに気附いたらしく鬱勃たる爆発寸前の花火を抱擁するかたちでらいかいたる河川敷につんいになつた。

 刹那に花火は爆発し父親のにくたいは四方八方へと羅利粉灰となり就なかんずくどうたいは襤ぼろぼろになつていんうんたるぞうろつこうしようかくやくたる花火の光輝とともにせんしやくしたが花火が『不良品』であつたことと父親の犠牲によつてほうはいたる爆風はようそく阻止されひとりのほうばいや観客にさへ犠牲者はでなかつた。

 父親の記憶とたぐると最期にあいまいとした『こゑ』がきこえた。


 ようにして愚生は誕生した。

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