第19話 中世的異世界の現実

 近衛軍に出仕して確定をし、銀同等の魔物素材を錬成してもらって、養成所に行って配った。

 遠慮しないように大量に出して、価値観を崩壊させた。

 もう授業に出るのは諦めた。レベルが合わな過ぎる。

 安い装備と武器を持ち込む口実に席だけ置いておく。

 東門からも、近間の魔窟と周辺の調査を依頼されている。その前に北の湖調査がある。

 西門の大成果を受けて、北門は下準備を慎重に行っているようだ。

 三月までの時間をどうしようかと考えていたら、兄上が南門に行かないかと言う。

 あそこは危ないと言われて、倉庫暴きでも行っていなかった。


「異国の商人が多く出入りしているからな。行くだけでも面白いぞ。まともな店ではなく、屋台で胡散臭い装備や武器を売っている市場もある。そなたなら、なんの損もなく文字通り掘り出し物を見つけられるはずだ」

「それは良さそうですが、一日では終わりませんよね」

「勿論、泊まれる店はいくらでもある」

「店? 宿ではなく店ですか」

「うん、ああ、店だな」

「女郎屋ですね」

「うむ。そうだ」

「茉莉花がいるから吾は普通の宿に泊まります。護衛対象を残して女郎屋には行けませんよ。公務ですから」

「そうだな」


 お得意の杜撰な計画である。公務で物見遊山に出掛け、女郎屋の花代は吾に持たせると言う。

 鋼銀も魔物素材も、片方で浜値でも御殿が建つ。これほど儲かっていれば、周囲に振舞うのは社会常識ではあるのだが。


「そもそも、なぜ女郎屋なのです。兄上が声を掛ければ添い寝役はいくらでも付いて来るでしょう」

「いや、あそこの売女は淫肉なのだ」

「なんですか、それは」


 特別な能力を持たない者の娘が十二歳前に大人の男に抱かれると、自分も相手も強い快感を得られる【快楽の肉】の術技を授かる。

 承知で特定の不利な術技になるバグ技か。その術技を持つ娼婦を淫肉と呼ぶ。

 稼ぎやすいので、代々娼婦をしている。性依存症になり、性格も雑なので一般受けしないが、一夜の非日常的快楽を求める旅行客には需要がある。

 そんな女を抱える店は旅行客の多い大都市の入り口や港町に多く、たまにはゲテモノもいいか、と言う一般客も来る。


 すき焼きやステーキを常食していると、たまにはちょっと癖のあるモツ鍋も食べたくなる、通な兄上である。

 南町の市場は狙いとしては悪くないので、近衛軍に打診した。

 南門は通常時は魔物との戦いがない分治安維持に力を入れていて、何かあれば直ぐに衛士が駆けつけるし、今の吾なら護衛中隊だけで行っても大丈夫だけど、個人的な観光の様なものだから南門に挨拶はしなくてよい、と言う。

 これ以上各門守護将と個人的な係わりを持たせたくない気持ちがよく現れた文章である。

 普通の女郎屋にない独特の猥雑な雰囲気も味の内なのだが、淫肉を抱きたいだけなら店で選んで宿にお持ち帰り出来る。

 どんな高級宿でも南町では淫肉持ち込み不可はないそうだ。


 個人的な観光みたいなものなのに、兵員輸送車で南町に向かった。帰りは連絡したら迎えに来てくれるそうだ。

 昼前に着いたので、一軒道具屋を覗いた。

 薬筒が一つだけ、三級だった。銀の二の腕輪が結構ある。腕輪に比べてハズレのダメージが大きいので売れ残っている。

 理力が三つ、一つが針金型の無属性だった。


「昼餉の後、もう一軒道具屋を見て、宿を決めましょうか」

「そなたが泊まる高い部屋は埋まらないから、先に売女を選ばせてくれ。そちらは良いのから売れて行く」


 たしかにその通りなので、承知して二件目の道具屋に行った。

 手金庫があったので買い取る。茉莉花も含めて一人古金十枚配布。

 二の腕輪の板型と首飾りが無属性だった。


「少ないように言われていたが、随分あるよな」

「理力は術技への関わりが広く浅いせいか、勘に掛かり難いので売れ残り易いのではないかと思っています」

「成る程」


 非常に幸先のよい出だしで、気分よく歓楽街に向かった。

 まだ昼下がりだが、店の前に複数の全裸の女が立って客引きをしている。

 品物を見ずに買う客はいないので、惜しげもなく商品を展示しているが、道には出てこない。

 客と一緒か客の用でなければ店の外は裸では歩けない不文律があるそうだ。


 巡邏の衛士の他に、五指の長さの鋼の棒を持ち、部分鎧を着た男女も歩いている。

 これは歓楽街の自警団で、棒は岡っ引きの十手のような権力公認の印だ。岡っ引きは同心の私兵だったが。

 安全に遊べる街を心がけている様だ。

 先頭を歩いていた兄上が立ち止まる。


「藍玉は、店は選べんよな」

「なんですか急に」

「採集人の斥候の中に、良い女のいる店を選べるのがいる。そなたは生き物が判らんのだよな。茉莉花は、女をれんよな」


 再確認された茉莉花が半眼になる。


「やって見ます」

「やるのか」


 この町の店はほぼハズレはないと言われているそうで、茉莉花の選んだ店に入る。

 店の中の女も、当然全員全裸だ。

 少し崩れた感じの、よく言えば豊満な女に出迎えられた。


「いらっしゃい、旦那方、近衛の将校様?」

「ああ、上尉だ」

「ねえ、一生のお願いがあるのよ」

「金の無心でなければ、聞くだけは聞くが」

「ちゃかさないでおくれよ、今夜、十二になる子がいるんだよ」

「それか」


 快楽の肉にも強弱はあり、出来るだけ優れた男の精を受けると良いとされていた。

 そのため、ギリギリまで上客が来るのを待つ。

 兄上が吾に説明している間に、女が奥に声を掛けて、真夜中に十二歳になる少女が連れてこられた。

 その子だけ服を着ている訳もない。


「ねえ、可愛い子でしょ、情けを掛けてやって下さいよ」

「それなら、自分より弟の方が良いかもしれない」


 店の者が一斉に吾を見る。


「そちらは、お若いんじゃありませんか」

「四月で十三だが、六位の上、近衛軍調達師長だぞ」

「去年、西町と東町の道具屋の倉庫を空にしたって言う! 倉庫暴き様!」


 それに様付けるのか。


「しかも、この店を選んだのは弟の従者だ。何かあると思わんか」


 後ろの方は吾が言われている。


「そうですね。あると思います。泊まりはいくらだ」


 後ろの方は女将と思われる女に言った。


「お一人部屋込みで半金です」


 手近のテーブルの上に手の平に出した金貨を流し落とす。


「足りるか」

「何倍もありますよ」

「足りていれば良い」


 少女の後ろから、血縁と思われる顔つきの女が抱き締める。

 姉くらいの見た目だが、男の精気を多く吸っている娼婦は老化しないので、母でも普通。祖母かもしれない。

 兄上が緊張感のない声で言う。


「夕餉はどうする。もう連れ出してもいいんだが、ここに運ばせても良い」

 

 店と契約している仕出し屋があるそうだ。食べに行ってもそう味は変わらないらしいので、部屋で摂る事にして金貨を出す。

 只飯となると兄上達がどれだけ食べるか判らない。

 さっきので足りている、とは誰も言わない。くれる金を断るのは客に恥をかかせるだけ。


 血筋の女と共に二階に上がり、大人四人で楽に寝られる大きな寝台のある部屋に案内されて、こちら二人は服を着たまま夕餉を済ませる。

 後はやる事は一つなのだが、銀の首飾りと指輪二つを出して見せた。


「無属性の理力の装備だ。これを付けて日が変わるのを待つか、今吾に抱かれるか、どうする。ここで生きるつもりなら、なまじの術技を授かるより、淫肉の方が確実なのかも知れないが、そちは吾に出会ったのだ」


 少女は黙って頷くと指輪を左右の中指に嵌め、首飾りを首に下げた。


「旦那、これ、夜中までこうしてるの」


 血筋の女が聞いてくる。


「このまま、何もしないでいるのは、ちょっと辛いか」

「抱いちゃくれないだろ」

「この状況で、それはないかな」

「あぶれもんが下で騒いでるから、それに混ざろうか」

「それがいい。十二になったら三つ揃いを返すのを他人に見せておける。持っていたら殺して奪おうとするのがいる代物だ」


 下に行ったが騒いではいなかった。客が付かずに入り口の広間でもの悲しいバラードを歌っていた女達に酒をおごる。

 女将に訳を話して、広間の隅に座った。

 酒の入った女達が、楽器を持ち出して少し景気の良い歌を歌い、踊り出す。

 血筋の女も動いてないと体が疼くと言って踊りに加わった。

 茉莉花と二人だったら、ただ見ていてもいいのだが、手持ち無沙汰にしている少女に話しかけた。


「あの女はそちの姉か、母か」

「お袋です。これも踊っちゃ駄目?」

「動かないでいなければならない訳でもない。踊れるのか」

「見せ芸出来ないとお客呼べないから、楽器と踊りは出来ますよ」


 母さまの踊りは見た事がない。母親の裸踊りを見たいとは思わないが。


「そうか、見せてくれ」


 少女が跳ねるように踊りに加わり、色々見せてくれる。そう言う意味ではなかったんだが。

 女将が飲み物を持ってくる。


「果汁ですが、酒入れますか」

「いや、いい。時に、手を付けてしまった手金庫は持っていないか。金のない客が置いて行ったりしないか」

「ありますよ、道具屋に五金で売れるからって。じゃあてめえで売って金持って来いってんだ」

「確実に十金以上で売れる物と一緒でないと買い取らない。あるなら出せ。本物なら百金で買い取る」

「これですよ。本物かどうか判るんですか」

「ああ、そう言う術技を授かった。古金十枚でいいか」

「くれるんならなんだっていいですよ」


 十枚出すと、歌と踊りが止まる。


「今度は吾が芸を見せよう」


 収納の外で手でも開けられるようになった。そんなに時間は掛からないし、動いているので見ていても退屈しないと思う。


「ほら、開いた」


 ぱかっと開ける。ずずっと寄って来る。


「良い芸を見せてくれた礼だ。一人一枚やろう」

 

 女達が自分の物になった古金を眺めている内に、手金庫を仕舞う。

 落ち着くとみんな気が抜けて座り込む。後は待つしかない。

 吾の正面に女将と母親に挟まれて座っていた少女が泣き出した。

 母親が覗き込む。

  

「どうしたんだい」

「癒しの芸楽……霊属性が、増えた」


 母さまと同じだ。  

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