第18話 茨回廊再び

 茨回廊は魔窟としては深くない所にあるが、道が切り開かれていて四分の三程まで車で行けた。

 残りの道も人が通れる幅に踏み固められていて、吾の文人の家人隊も苦労なく野営地に到達した。

 野営地は士官学校の修練所になっていて、学生達が近衛将校のマントを羽織った警護中隊を憧憬の目で見る。

 吾は姉さま製の青いマントに将校格軍属の刺繍をしてもらった。紺碧の調達師と呼ばれたい。


 警備隊長に挨拶の後、各自が使用する一軒家サイズのテントに案内してもらってから昼餉を摂って、一広場だけ入って残業をした。

 蟻の巣と違って大量のモンスターに襲われない構造で、吾が来るのが判っていたから入り口付近は間引かれていて、わざわざ残されていた弱い魔物は、吾と茉莉花だけで対処可能だった。

 ただ連れて行かれるだけではなく、可能ならば戦闘をしておく。


 地面一個、天井三個、左右の壁からも二個ずつ。前回ここは十三だったので、結構復活していた。

 帰って士官学校生に鋼銀を見せると感動する。吾がいないと掘れないので、塊は見たことがなかったそうだ。


 明日は最奥の確認をする予定で、警備隊に護衛要員を選んでもらう。

 銀塊と違って直接ボーナスにはならないのに希望者が多い。鋼銀が手に入ると西門軍全体にボーナスは出るんだが。

 兄上達は添い寝役の現地調達を始める。こちらも希望者が多い。

 落ち着くと兄上がやって来た。


「添い寝役が決まったので、朝渡す金貨をくれ。経費だ」


 仕事で付いて来ているので、吾が払うのが筋らしい。

 どれだけ儲かるか知っているし、戦うのは戦士の義務、労うのは王の義務の縮小版である。めんどくさいので十日分渡した。

 さらに個人的にいい顔をしたければ、経費じゃ落ちない。

 家人ズが毎朝一枚もらえるので、情人トリオにも一枚上げる。毎月お手当てを上げているので、普段は朝は上げていない。


 最奥は十三個採れた。モンスターと同じで、一定数あればそれ以上増えないが間引くとリポップするようだ。

 半年に一度なら無駄足にはならないと思われる。吾の攻撃力が上がったので掘削作業が捗り、七日で五百を越えた。


 後は死体暴きの能力を上げる為に森に入る。

 士官学校生がぞろぞろ付いて来て、狼の群れを圧倒した。吾どころか兄上の出番もなかった。

 本気で危険な場所では、戦闘はさせてもらえない。

 やはり手付かずだったので、鋼銀同等や銀よりは良い素材がごろごろ出て来た。

 鋼銀同等は軍が買い上げ、銀より良いは士官学校生の希望者の物になる。


 西門から増援を送るので少し奥まで入って欲しいと依頼されて、出来るだけ能力を上げておきたいので、五日間の延長を承諾する。

 朝は昼餉までに帰れる場所を漁ったが、銀より良いならそれなりに採れた。

 属性別に整理していると、兄上が寄って来た。


「属性の合わぬ良物が余っているのか」

「取り敢えずは買い手のない物はあります」

「我らが添い寝役に選んだ者で、素材は欲しいが加工費が払えなくて悩んでいるのがいるのだが」


 抵抗してもしょうがないので、それぞれの属性の素材を渡し、更に追い銭で加工費も渡す。

 吾の所持金は正当な労働の対価なのだが、自分でも大量の泡銭を持っているように思えてしまう。

 金貨も古金も収納の中に死蔵しておくものではない。


 昼前に帰ると増援部隊が到着していた。率いて来たのは瑳弥殿の母上だった。

 婿ではないが娘の伴侶なので名前で呼ばれ、こちらは姻族なので謙ってお義母上ははうえと呼ぶ。

 昼餉の後、一気に駆けて昨日より奥に入る。枝角の他にクワガタみたいな角が頭の横から出ている鹿がいたが、お義母上に瞬殺されて明日の夕餉の材料になった。


「例年四月まではこの辺りで採集を行っていた。武器が格段に良くなった今は恐れるものはない。藍玉殿、明日は行ける処まで行きたい」

「はい、その判断はお任せ致します」


 少し探したら、結構良い物があり、地面に穴掘って棲んでる鋼銀同等地属性の、珍しい鳥の足も見付かった。

 夕食前に帰り着いてゆっくり食べ、明日は早いからもう寝ましょうとテントに向かったら、たっての願いがあるとお義母上が付いて来られた。

 金ならあるが。


「今、瑳弥が装備させて貰っている八つ揃いは、次に使う予定は、おありか」

「いえ、あれは瑳弥殿に持っていて頂こうと思っております。吾の子を産んでくれる方ですから」

「それは、女にとって無常の喜びであるが、あれの兄に本年十の男子がおる。来年九月に貸してはもらえぬか。十二になったその場で外して必ず返す」


 親のものでも騙し取ったりすり替えたりしようとするんだよね。遺産争いになる前に手に入れようとして。

 針金と板の腕輪を一つずつ出す。守護将閣下に持ってない振りをしたので揃いを出す訳にはいかない。


「まずは、これをお納め下さい。九月までに揃わなければ、足りない分はお貸しします。また雨季前の大量確定もあるでしょうから」

「頼もしい……出来得れば、英啓がそなたの役に立つ者に育たん事を」


 義理の甥か。兄上より使い易そう。


 翌朝、上機嫌のお義母上に率いられて森の奥に向かう。

 四本角の鹿に加えて、三本角のイノシシと牛、一本角の山羊(原種の羊?)ナックルウォークする馬(馬面のゴリラ?)なんかが出て来るが、お儀母上がさくさく斬殺やら刺殺やらしてくれる。

 全然戦闘訓練にならない、と言うか高位の武人の子でもこんな所で戦闘訓練しない。


 安全になったら探索してお宝がざくざく。希少金属もあるかもしれないと思って、墓荒らしでも探索したら反応があった。

 掘ったら手首くらいの太さで長さ二腕程度の木の枝が出た。木の枝は死体じゃなくお宝扱いか。


【巧知木の枝】


 説明を出来る人が誰もいなかった。

 お義母上ですら宰相殿下や大臣の何人かが持っている小杖の名前だとしか知らなかった。脳筋の群れである。

 文官が持っていると仕事がし易くなる物らしく、武器じゃないので貰っておく。

 同じ物がないか探したら、細くて一腕強のものが二本あった。


 腐れ谷と同じくらい儲かった感触で、昼餉を摂って帰ろうとしたら、お義母上がとんでもない事を宣う。


「此処で野営出来んか」


 お義母さまお止めになって。孫がいる歳にもなって、おこのことのたまうな。


 帰ったら夕飯前に魔物素材を属性別に分ける。天然素材は未確定じゃないので、自分に合う物は触れば判る。

 先に買ってしまった物と見比べている人がいる。後になるほど奥に行くから良い物が取れるのは当然。

 素材のままなら割り増し払えば換えてくれるみたいだ。兵が強くなるのは軍の利益なので、そのくらいの便宜は図ってあげないと駄目ですね。


 え? 鋼銀が採れてるから加工費用は軍持ちなんですか? 増援部隊だけの危険手当ですか。それならいいんです。

 我が家の文人八人に聞いたが、巧知物は高い身分の装備としか知らなかった。

 脳筋と貧乏貴族には見えない装備のようだ。


 一晩寝て冷静になったお義母上と、少し西寄りの昨日と同じ深さまで行った。

 安全が確保されているので、発掘中に茉莉花に採集をさせる。

 装備ブーストのお陰で、名前を言われても何だか判らない物が色々採れる様である。

 こちらも墓荒らしで、名前しか判らない埋もれ木が何種類か採れる。姉さまに渡せばどうにかしてくれると思う。


 短期決戦としては大勝利の延長戦を終了して西門に戻り、漸く巧知木の謎が解ける。

 知力に関係する術技全てに好影響がある物だった。

 一腕の長さがあれば巧知木の小杖と言う、穴の開いていないリコーダーみたいな、ただのこん棒よりかっこいい棒が二本造れる。

 教えてくれた秘書官の人に一腕物を一本上げたら、直ぐに錬成師に造らせて見せてくれた。

 切れ端は碁石型に成型して銀の枠に入れてペンダントトップにする。切れ端では金装備にするだけの効果がないが、気休めではない物が出来る。


 顔を見るとむしろ辛くなる、と言われて瑳弥殿とは会えなかった。

 瑳弥殿の兄上と当事者の十歳の英啓には引き合わされた。

 どこかで見たような子だと思ったら、近衛軍司令閣下の秘書官の人に雰囲気が似ている。将来は知将か。


 家に帰ったらお土産配り大会である。兄上は一緒だったので上げない。添い寝役にいい顔したんだし。

 鋼銀一つ分の金貨と今回の目玉の巧知木の枝を出す。


「西門の錬成師殿は、姉さまも錬成出来る物だと言っていましたが」


 小杖は分類上は打撃武器で、姉さまは武器が造れないのだが、枝を撫ぜてから収納した。


「大丈夫。植物だから」

「では、六人分お願いします」

「六人分なれば、古金三枚必要だ」


 マネージャーの父上が割って入った。


「お教え、有難う御座いました」


 姉さまに三枚、父上に一枚古金を差し出す。

 程なく、一本ずつ小杖が出て来る。

 父上、ご正室、橙枇杷殿、姉さま、母さま、吾のつもりだったのに、幼女が一本取ってしまう。


「装備できんぞ!」

「それは術技がないと装備出来ませんよ。十二になるまで、母が預かっておきましょう」


 おなじみの光景である。

 姉さまに更に古金五枚渡して、こちらの十人分を造ってもらった。

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